17.悪役令嬢は乙女ゲーム攻略を開始する。
「……ちゃんと謝ったのに、みんな口が軽いんだから」
「何事もお金で解決できると思ったら大間違いですよ、お嬢様」
信頼と実績の差です、と言い切られ、私は堂々と舌打ちする。
「まだまだ子どもで困りますね、お嬢様は」
そう言ったバッセンはパタンと手帳を閉じ、
「そんなお嬢様を置いて、何処に行けと。それに私めもいい年なので。こんな老いぼれの身で新しい仕事を覚えるのは骨が折れます。それに若い芽を育てるのも趣味でして」
何が育つか楽しくて、とにこやかに笑う。
「……物好きね。あなたは本当に」
「そうでもありませんよ。一瞬です、若い芽の成長は」
恭しく礼をしたバッセンは満足気に私が指示した内容と結果をまとめた報告書を差し出す。
「大袈裟ねぇ。わたくしだってヒトを使うことくらいできるわよ」
そこには私が想定していた以上に屋敷内が問題なく回っていることが書かれていた。
手配をバッセンに任せたのだから当然だけど。
これなら、いつ私がいなくなっても大丈夫だろう。
「シリル王太子殿下への執着がお嬢様の世界の全てでしたのに、いつのまにかこのような配慮ができるようになられて。私はこれでもお嬢様の成長ぶりに感動しているのですよ」
「感動してるとこ悪いけど、結局コレもシリル様絡みでしかないわよ」
私はバッセンの報告書を指で弾く。
短くとも王太子妃として生きた記憶がある。
そうなるためにたくさん勉強したし、ヒトの采配の仕方も覚えた。
『リズにはそのままでいて欲しい。だが、賢くなって欲しいとも思う。少なくとも、身を守れる程度には』
悪意には指一本触れさせないが、と言ったシリル様が私の手を取り全部側で教えてくれた。
その記憶も時間ももう私の中にしかないけれど。
「……全部、シリル様のためよ。だって公爵家が揺らいだら嫁げなくなるでしょ」
クリスティーナが、と私は口内で小さくつぶやく。
クランベリー公爵家が筆頭という優位性を失えばヒロインに攻略してもらったところでハッピーエンドが迎えられないかもしれないから。
だから、公爵家が傾かないように不安要素を潰したに過ぎない。
「わたくしもきっとお母様のように、いつか抱えきれなくなった愛のために最期はこの身を焼くのでしょう。クランベリー公爵家が色んなモノを灰にしてきたように、ね」
私は手をかざし、炎を灯らせる。
愛のために全てを捧げ、そして壊れてしまったお母様。
物語的に言えばそれはきっとメリバなんだけど。
当人がそれを望んでいて幸せだというのなら、放っておいて欲しい。
外野からの無責任な雑音で揺らぐくらいの決意なら、初めからそんな選択はしないのだから。
「それでも、わたくしは……」
たとえこの先に待っているものが私の破滅だとしても、今世では絶対にシリル様を幸せにすると決めている。
断罪された後の悪役令嬢の処遇はゲームでは描かれていなかった。
この後私がどうなるのかは分からないけれど。
「あなた達を巻き込みたいとは思っていないの」
目が覚めた時に誓ったのだ。もう運命とやらに逆らわないと。
人魚姫が愛を抱えて一人で消えて逝ったように。
あるいは小さな燕が満足気に何も持たない像の側から離れならなかったように。
私も自分の選択の責任は一人で取ると決めている。
シリル様が生きている。
誰にも理解されなくても、それが私にとってのハッピーエンド。
「逃げられるなら、逃げて欲しい。わたくし、もう"いい子"はやめるから」
そう言って私は言葉を締めくくる。
それが幾度となく人生を繰り返した私の正直な気持ちだった。
前世の記憶がなかったなら、私はゲームのリゼット・クランベリーのように、自分が一番不幸なのだからと自分勝手に振る舞ってみんなを破滅の道連れにしただろう。
1度目の繰り返しの時だって、"いい子"を演じ、理不尽さに声を上げず我慢するたびにどうして私だけがこんな目に、とかんしゃくを起こしたりもしたけれど。
でも繰り返し過ぎた私の中に積み上がった記憶は、苦しいモノだけではなくて。
『お嬢様にお仕えできて、私は幸せでございました』
そう言ってクランベリー公爵家を支えてくれる使用人達。
ヒトは一人で生きていけないのだと。
彼らにも彼らの人生があり、私はそれを踏み躙ってはいけないのだと。
自分勝手な私は、そんな当たり前の事だって、人生を何度も繰り返さなきゃ気づかなかったの。
そして、気づいてしまったらもう知らなかった頃には戻れない。
望むエンディングは手に入れる。
だけど、私にとって大事なモノは全部全部護りたい。シリル様以外もこの手にある全てを。
それは強欲でわがままなリゼット・クランベリーらしい欲張りな願望だった。
「"できる""できない"と"やる""やらない"は別の話ですよ、お嬢様」
じっと私を見ていたバッセンからそんな言葉が降ってくる。
膝を降り、私の紅蓮の瞳と視線を合わせたバッセンは、
「お嬢様が"いい子になるわ"と宣言して2年。お嬢様はその宣言通りたくさんの努力をなさいました」
お嬢様は"自分の意志で選べる"方です、とバッセンは閻魔帳を私に差し出す。
そこには私の悪行以外も綴られていて。
前世の記憶を取り戻してからの私の努力をずっと見守っていてくれたのだと知る。
「だというのに、奥様が亡くなられた途端、旦那様が戻られた。同い年の異母妹にあたるクリスティーナ様を連れて。努力を踏み躙られれば、誰だって投げ出したくもなるでしょう。それでも、お嬢様は公爵家のために動いた。その事実が重要なのでございます」
バッセンは静かに微笑むと、
「私は存じておりますよ。リゼットお嬢様がクランベリー公爵家の血筋らしく、愛情深いお人である、と。そして、ご自身の愛のために全てを敵に回してでも戦い抜く気性の荒さも」
バッセンの目から見たリゼット・クランベリーを語り、
「その姿勢に救われる人間もいるのでございます。どうぞ、胸をお張りください。あなた様は誇り高きクランベリー公爵家の正統な継承者なのですから」
そう言って言葉を締め括った。
「……一々、言うことがジジくさいのよ。爺やは」
ふん、と悪態をついて閻魔帳を突き返す私は、
「まぁ、でも残るなら、わたくしが屋敷にいる間は存分にこき使うから覚悟なさいよ」
可愛げなくそっぽを向いて、小さくぼそりと"ありがとう"とつぶやく。
「お嬢様が素直に育ってアリッサもさぞ誇らしい事でしょう」
恭しく礼をしたバッセンは、
「存分にお暴れください、お嬢様。クランベリー公爵家はその程度ではびくともいたしませんので」
そう言ってにこにこ笑う。
「……あんまり張り切ると血圧上がるわよ、バッセン」
私の気性の荒さは絶対環境要因だわと苦笑して、バッセンを下がらせる。
鬱々とした気持ちは消えていて、視界がクリアになる。
「さて、と。では、わたくしらしくいきましょうか」
ハッピーエンドのために、と乙女ゲームの攻略に向けた準備をカバンにしまった。
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