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16.悪役令嬢の采配。

「ふふっ、今日もシリル様は最高に最高だったわ」


 私はシリル様の肖像画(ポートレート)を眺めながら今日の出来事を反芻して幸せに浸る。

 今日眺めているのはシリル様コレクションの中でも特にお気に入りのモノ達だけど、やはり本物の破壊力には敵わない。


『リズ、今更俺から逃げられると思うなよ?』


「はぁーあの悩殺ものの微笑み。かっこいいいいいーーーっ」


 逃げるつもりなんてさらさらないし、シリル様がお望みなら"誘拐犯"についていくらでも情報提供してあげたい。

 攻略済みシナリオだから犯人も知ってるし。


「まぁでも、今時点で証拠はないのよねぇ。クリスティーナとシリル様の仲も深めなきゃいけないし」


 うーん、どうしようと悩んでいると、部屋のドアをノックする音がした。

 入ってきたのは、執事長のバッセンだった。


「お嬢様、ご報告が」


「どうしたのよ、バッセン。ヒトのリラックスタイムに割り込んできて。公爵も公爵夫人も屋敷にいるのだから、わたくしはもう公爵家の仕事はしないわよ」


 ベッドの上でお行儀悪く足をパタパタさせながらぞんざいにそう言った私に、


「ご指示通り新たに補佐官を3人と公爵夫人の教育係を雇いました。全員昨日付で業務にあたっています」


 バッセンは淡々と現状を報告する。


「そう」


 さすがバッセン。仕事が早い。

 コレで滞りなく公爵家も回る事だろう。


「あ、そうだ。今回の騒動で退職希望者がいたら相応の退職金と紹介状を出してあげなさい。引き留める必要はないわ」


 私は視線も上げずシリル様の肖像画鑑賞を続けながら追加で指示を出す。


「お嬢様の御心のままに」


「それとバッセン。あなたも、嫌になったらいつでも降りていいわよ」


 それまでスラスラと答えていたバッセンが息を呑む。チラッと彼の方を見れば驚いたような表情を浮かべていた。

 私は気怠げに身体を起こし、バッセンに視線を移す。


「なぁに? あなただって、こんな我儘なお嬢様に仕えるより、もっとあなたを有意義に使ってくれる職場の方がいいでしょ。もう、お母様だっていないのだから」


 バッセンは私とクランベリー公爵家のことを本気で考えてくれる数少ない人だった。

 今まで生きたどの人生でも。

 バッセンはクランベリー公爵家の血を引く母がまだ"お嬢様"と呼ばれていた時から、この屋敷に仕えている。

 本来仕えるべき主人を亡くしてもバッセンがこの屋敷に留まる理由は、先代公爵夫妻の願いと彼の亡き妻であり私の教育係であったアリッサとの約束のためだけど。

 でも今世、私が王太子妃になることはないから。


「隠居したいなら、それはそれで構わないわ。バッセンが思う通りにさせてあげる」


 落ちていくだけの私に付き合わせるのは申し訳なくて、バッセンを解放してあげたくなった。


「お嬢様、何か拾い食いでもなさいました?」


 だというのに、じっと私を見たバッセンから発せられたのは、そんな失礼な物言いで。


「失礼ね! わたくしがそんな卑しいことするわけないでしょ!?」


 言いがかりだわ! と当然抗議を申し入れたけど。


「いえ、割とやってましたよ? しかも去年あたりまで」


 バッセンは懐から手帳……通称閻魔帳と呼ばれる屋敷内のアレコレが書かれているらしい恐ろしいソレを取り出すと、


「××年××月、料理長秘蔵のワインのつまみが消えてますね。お嬢様がワイナリーから出入りされた前後に。それとメイドからは街で並んで購入した数量限定のタルトが目を離した隙に消えたとの被害報告が。あとは庭師から木苺がふた株消えたという苦情も……まだ続けます?」


 淡々とした口調で私を追い詰めにかかる。

 やばい、私の悪事はバッセンにしっかりバレている。下手に隠し立てるときつめにお灸を据えられてしまうので、私は両手をあげて降参した。

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