15.推しからのアクションは全部ご褒美でしかない。
「……どういう事ですの! コレはっ」
契約書を握りしめ、ワナワナと震える私の耳に、
「どうもこうも書いてある通りだが?」
しれっとそういうシリル様の声が響く。
「だって! 婚約を解消してくださると」
「そもそも俺はそんな事一言も言ってない」
「!?」
ばっと顔を上げシリル様を見れば、いつも通り涼しげで麗しい顔がそこにあった。
「だって! "そうか、分かった"って。"手続きをしておく"って……そうおっしゃったじゃないですか」
「"そうか、お前の主張は理解した""その体たらくじゃどうせ授業を受けるなんて無理だろう。早退の手続きはしておいてやるから帰れ"だな」
「!!」
なん、ですって!?
ていうか、シリル様言葉が足らなさ過ぎでは!?
と驚く私に、
「それに、俺は"君と俺の将来に関わる話だ"とは言ったが、この青い封筒に俺たちの婚姻に関する誓約魔法が入っているなんて一言も言ってない。普通に考えてそんな大事なモノ、こんな場所に持って来るわけないだろ」
シリル様は容赦なく追い討ちをかけてきた。
「全部、わたくしの……勘違い?」
「そうだな。というか、お前は俺を信じすぎだ。契約書なんて大事なもの、読みもせずにサインするからこうなるんだ」
私がぐしゃぐしゃに握り潰した誓約魔法のかかった契約書をシリル様は私の手から取り上げる。
呆然としたままシリル様をぼんやり眺め、私は今までのやり取りを思い出す。
言ってない。
確かにシリル様は一言も婚約を解消してくれる、なんて言ってない。
言ってないけども!!
「だって、シリル様は今までわたくしのどんな願い事も叶えてくれてたじゃないですか!」
どんな我儘だって、あっさりと。
なのにどうして今回は聞いてくれないのとシリル様を見返せば。
「不服か? 真実の愛、とやらを取るお前にとってもう俺は不要の存在だというのに」
冷たく強張った声が部屋に響く。
「……シリル……さま?」
怒っている、のとは明らかに違う。
「リズ以外いらない。お前が俺を必要としなくなっても」
私を見下ろす澄んだ蒼の瞳は揺らぐ事なく、長い指先で私の紅い髪を掬ったシリル様は、そこに口付けを落とす。
まるで舞台のワンシーンみたいで目が離せない私に、
「リズ、今更俺から逃げられると思うなよ?」
シリル様はそう宣戦布告する。
静かに笑ったその顔は、酷く寂しげで。
儚く消えてしまいそうで。
「酷い顔だなリズ」
シリル様にそう言われ、
「…………せめて顔色って言ってください」
確かに酷い顔だけど、と抗議しつつ私は両手で顔を覆う。
「シリル様ってもしかして……」
「なんだ、今更俺のことが怖く」
「実はわたくしのことがめちゃくちゃ好きなのでは!?」
「…………は?」
「わっ、わあー。どうしよう、すごく嬉しいっ!!」
リズ以外いらない!
リズ以外いらないって確かに言ったわ!!
今までシリル様から愛してるとかそんなお言葉を頂いたとことはなかったし、きっと一方通行なのだと思っていたけれど。
ここに来て突然のファンサっ!!
「いつものクールなシリル様も素敵だけど、ヤンデレ系なシリル様も良過ぎて語彙力が崩壊してしいますわっ。あ、でもわたくし俺様ドS系も好きなのです。シリル様に独占されて追い詰められてしまうなんて考えるだけで萌で叫び出しそうですわーー」
今、きっと私の顔面はニヤ過ぎて崩壊しているに違いない。
「シリル様はやっぱりわたくしの一番星ですわ!!」
だって、シリル様が存在しているだけでこんなにも私は幸せなのだから。
ほぅーっと私が幸せを噛み締めていると、
「リズ。もうちょっとこう、怯えるとかあって然るべきじゃないか? 普通」
何故かため息交じりにそんな言葉が落ちてきた。
「今のやり取りのどこに怯える要素が?」
言われている意味が分からずキョトンと聞き返す私に、
「いや、俺がいうのもどうかと思うが……お前はもう少し俺に対して警戒心とか持った方がいいと思うぞ」
たった今騙されたばっかりだろうがと呆れを滲ませるシリル様。
「でも、わたくしシリル様になら何をされても良いと思ってますので」
キリッと答える私は、
「アンチシリル様は全方位炎上させてやりますわ。公爵令嬢の名にかけて!」
異なる思想は受け付けませんの、と権力と魔力でごり押すことを宣言する。
「…………。リズ、お前に公爵令嬢としての矜持はないのか」
「お母様のお腹の中に忘れてきたのかもしれませんので、その辺は来世に期待してくださいませ」
うーん、今更そんな事を言われても。
私のシリル様至上主義は転生しようが人生を逆行しようが変わらないしなと思っていると。
「……ふっ、ふはっ……リズはそうだよな」
と、シリル様が綺麗に笑った。
「シリル様が笑っ……爆笑!! なんて貴重な」
尊いっ。
なんでこの時代にスマホがないんだと悔やみつつ推しのシャッターチャンスを心に焼き付ける。
「リズは……本当に、俺が好きだな」
意地悪して悪かった、とシリル様が頭を撫でてくれる。
意地悪なんて別にされてないのに変なシリル様とご機嫌な私は、
「勿論!」
大好きだ、とうっかり全肯定しそうになり慌てて止める。
そうだった。
バッドエンドの先には、バッドエンドしか存在しないんだった。
「……いいえ? わたくし真実の愛に目覚めましたので。その……シリル様のファンとして推しているといいますか」
なんか、最早好きって言ったらダメなゲームみたいになってきた。
でも、シリル様のバッドエンドを回避するにはこうするしか……。
うぅ、と唸る私を見たシリル様は、
「っふ、まぁいいや。今は」
私の紅蓮の瞳を覗きながらそういった。
あれ?
シリル様の機嫌が治ってるどころか上機嫌。
「とりあえずこの件は早々に片付けたい。協力してくれるか?」
急に何故? と私の頭は疑問符でいっぱいだけど。
「協力も何も、もうすでに誓約魔法かけた後じゃないですか! まぁ、いいですわ。わたくし"燃やす"くらいしかできませんけど」
私は了承を告げる。
まぁ、そもそもシリル様のお願いを断るなんて選択肢私には存在しないもの。
と思っていたら。
「別にリズに頭脳労働は期待してない」
「どストレートに酷いですわ!! わたくしだってやればできる子なんですから」
上げて落とすパターンに私はぷぅと頬を膨らませ、抗議する。
シリル様が知らないだけで、国民から理想とされる王太子妃を演じた未来だって生きた事だってあるんだから!
まぁ、いい子をやめた今世は絶対やらないけど。
むむっと拗ねる私に、
「いいんだよ、リズはそのままで」
ポンっと私の頭に手を置き、わしゃわしゃと雑に私の髪を撫でる。
雑だけど、手つきはとても優しくて、私の大好きないつものシリル様のやり方だった。
手放したくない。
でも。
「わたくし、必ずシリル様のお役に立ってみせますから、覚悟してくださいね?」
どれだけシナリオから逸脱しても今世はヒロインに攻略させてみせる。
シリル様がいない未来なんて考えられないから。
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