11.婚約者リゼット・クランベリーについて③(シリル視点)
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「殿下、何やってるんですか? 書類上下逆……って正確に処理終わってるし。本当どうなってるんですか、あなたの頭は」
ダリウスに声をかけられ、飛んでいた俺の意識は現在に戻る。
「……ひっくり返すのが面倒だっただけだ」
「そのままやる方が面倒なんですよ、普通」
ヒトの仕事に文句をつけるダリウスは、俺の処理した書類を整理する。
乱雑なそれらはダリウスに任せ、他の書類に手を伸ばした俺は作業を止める。
「今年もそろそろバザールの時期だったか」
バザール開催時期は城下に多くの人間が押し寄せる。そのイベントに合わせた治安対策についての案が書かれていた。
なんてタイムリーな、と苦笑していつもより丁寧に内容を見る。
あの日、絶対行くの! と自信満々だったリズの後ろについて彼女が何をやらかすのか見守った。
行き当たりばったりな上に稚拙な策が実を結ぶことはなく、結果俺たちはバザールに行けなかったけれど。
「どうしたのです、ニヤニヤして」
「いや、うちの騎士と警備体制は優秀だなと」
リゼットという予測できない不確定要素を連れていたが故に騎士を撒ききれず、城外にすら出られない。
しかも捕まってわんわん泣くリゼットと共にお説教を喰らうというおまけ付き。
紛れもなく鬼ごっこでの"敗北"だったのだが、それはとても楽しい一時だった。
期待値以上の結果しか出したことのなかった俺にとって、アレは初めての経験だったから。
「今年は、もう少し警備を強化する。学園内に他国の王子が留学しているしな」
それにリズもきっとバザールに行くだろう。おそらく、あの異母妹を連れて。
そう思ったら何故か無性に胸の奥がざわついた。
チリリと焦げ付くような黒い感情。それは、俺との茶会にリズがあの妹を同席させようとした時に感じたのと同種の痛みだった。
「承知しました。そちらは担当課に差し戻します。それで、どうでした? 学園の方は」
と、物のついでのようにダリウスが尋ねてきた。
「謎の手紙の差出人も気になりますしね」
今回俺が出向くきっかけとなった情報が記載された手紙を広げる。
そこに書かれていたのはここ最近起きている不可思議な事件についての情報提供。
学園内で忽然と生徒が消えている。
だが、消えたことに誰も気づかない。その生徒の親でさえ、我が子が帰って来ないことに気づかないのだ、と。
そんな情報と共に中に入っていたのは失踪した生徒のリスト。
調べれさせれば騒ぎになっていないだけで、確かにそれは起きていた。
真っ白な封筒に封蝋はなく、差出人不明。
手詰まりとなった事件の手がかりを得るために臨時講師として俺が自ら学園に調査に出向いた。
というのは建前で。
「リズが、思いの外学園に馴染んでて驚いた」
ここ最近どことなく様子のおかしい婚約者の様子を直接見たかった、というのが本日の主目的だった。
「まだあの扇子を愛用してるんだな。苦労した甲斐があった」
リズが本日振り回していた扇子について思い出す。
昔、剣術を習いたいなんて騎士団に突撃していき、手を切ったリズから、
『じゃあ、代わりに令嬢が持っても違和感ない見た目でカッコイイ武器が欲しいの!』
なんて言われたのがきっかけで開発してみたが、最近持っているのを見なかったからてっきり飽きたのだと思っていた。
アレにはリズ専用に強い護守を登録してある。高度な術式を小さな扇子に組める術者が見つからず、一から研究して作ったので結構手間がかかった。
まぁそれでも、
『シリル様、とっても素敵ですわ! わたくし一生大事にします』
とリズが満面の笑みで受け取り、暇も潰れたのでやってみてよかったとは思っている。
「……殿下、本当に何しに行ったんですか!?」
以上、と俺の中身のない報告に頭痛でもするかのように額を押さえるダリウス。
「手紙の差出人なら判明している」
仕方なく俺は話を続ける。
「えっ、本当ですか!? うちの諜報員でも痕跡を追えなかったのに」
魔力の痕跡を辿ったが全く解析できなかったのにと驚くダリウスに、
「差出人はリズ以外にいないだろ」
気づいてなかったのか? と俺は逆に驚く。
「は? どうやって?」
「どうもこうも、魔法で転送されたモノでなければ、直接持ち込まれた以外の可能性はないだろ。そして、誰にも目撃されずそんな事ができるのはこの城内では俺を除いてリズ以外にいない」
それはまだリズが婚約者になったばかりの頃のこと。
勉強なんてもう嫌っ! 構え、遊べと駄々をこねにやってくる彼女は、政務室や俺の自室にたどり着くまでに容赦なく障害物を焼き払うので。
「リズの破壊した箇所の修繕が面倒だから鍵を渡した」
直通の、と転移魔法が組んである鍵を取り出しくるくると手で回す。
鍵を渡して以降、リズは俺の政務室にも自室にも出入り自由だ。
突撃してくる回数は増えたが、城内の備品が壊れることはなくなったので結果としては上々。
そう話す俺に、
「……気軽にそんな物騒なもの渡さないでください。なんて事してんですか、アンタはっ!!」
ここ、国家機密の温床ですけど!? と喚くダリウス。とりあえず耳元で叫ぶのはやめて欲しい。
「心配しなくても、リズ以外に鍵は効果を発揮しない」
「そういう問題じゃないんですよ! アンタの婚約者が一番のトラブルメーカーなんですよ!!」
大きくため息をついたダリウスは、
「会議中だろうがお構いなく乱入してくるし、ヒトが並べた書類を容赦なく机から落としてぐちゃぐちゃにするし、気にいらないとヒトの脛は蹴るし、ティーカップも叩き割る。しかも、難癖つけて他国の王女をいびり倒して国際問題にまでなりかけたじゃないですか!?」
リズの通常運転の様子を挙げ連ねる。
が、これに関してはリズだけの責任ではない。
俺は感情のままに笑って泣いて天真爛漫に振る舞うリゼット・クランベリーが好きなのだ。
彼女と過ごした時間のおかげでヒトに関心を持つようになったし、"感情"というモノもリズを通して学んだ。
そんな俺にとってリズの我儘に振り回されることは唯一の楽しみといっても過言ではない。
まぁ、それが楽しすぎてリズを甘やかして来た自覚はあるし、気苦労の絶えない部下達を見て多少なりと反省はしている。
が、後悔は微塵もしていない。
きちんとフォローはしてきたから今まで大事にはなってないし、これからも大事にはしない。リズが王太子妃になれないと困るのは俺だから。
「あの自尊心バリ高令嬢がここで見た重要な情報をペロッと他所で自慢げに喋ったらどうするおつもりです? というか、殿下はなぜあんな淑女の風上にもおけない令嬢を未だに婚約者に置いてるんですか?」
そう言ってヒトの婚約者に文句をつけるダリウス。
まだ続いてたのか、と聞き流していると、
「はっ、今回の人攫いはもしかして殿下に構って欲しいリゼット嬢の自作自演なん」
「お前は本当に失礼な奴だな」
そんなわけないだろう、とダリウスの言葉を遮った俺は、
「リズが誰かを排除するなら"燃やす"一択だ」
今までの実績をもとに違うと言い切る。
リズなら誘拐なんてまどろっこしいことはしないし、リズに手を汚させるくらいなら先に俺が抹殺している。
「それにそもそもリズの頭は策略を企てることに向いてない。嫌なものは嫌、欲しいものは欲しいと絶対に自分の意見を曲げない、折れない、他人からの評価なんか微塵も気にしない鋼のメンタルを持った苛烈で可愛い最高の婚約者だぞ」
と、惚気たつもりなのだが。
「………殿下。本当に婚約者のこと愛してます?」
1ミクロンもフォローできてませんよ? と呆れ顔でそう言われた。
本当に失礼な奴だ。
「……愛、か。なんだろな、それは」
ダリウスから発せられた単語を繰り返すようにつぶやく。
『わたくし、真実の愛を見つけたのです』
だから婚約を解消して欲しいのだと。
はっきりとそう言ったリズは俺から目を逸さなかった。
多分、それはリズにとって真実なのだろう。そしてリズは一度こうと決めたら譲らないことも知っている。
が、それがリズの望みでも、彼女が俺を裏切り他の誰かの手を取るなんて想像すらしたくない。
『シリル様! 大好きですわ』
いつもそう言って俺自身に湯水のように愛情を向けてくれたのはリズだけだったから、それ以外の"愛"は俺には分からない。
そして、それを失ったらきっと俺は俺でなくなってしまうから。
「確かめる必要があるな。ダリウス、リゼット・クランベリーの周辺を調べ上げろ。些細な情報一つ漏らすな」
そう命じる。
「リゼット嬢を……? はっ! もしやご趣味が非常によろしくない殿下もついに目を覚まして現実を直視する気になったんですね! 相手有責で婚約破棄するなら証拠はいくらでも探して」
バンっと机に乱雑に処理が全て終わった書類を置きダリウスの言葉を遮った俺は、
「俺は引き続き、学園内を探る。以上」
そう言ってダリウスの戯言を打ち切る。
リズが何に気を取られているのかは知らないが、よそ見をしているならコチラを向かせればいいだけのこと。
そのためにも、まずはリズの心変わりの原因を知らなくては。
これから先も俺はリズと共にいたい。
それだけは譲れないのだから。
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