第2章「はきだめ」 8-3 エーンベルークン
ストラではない。
背が高くスラリとした、フード付きケープを羽織った人物だった。
「……お前……は……」
「やっと見つけたぞ……魔族……ターリーン……」
人物がフードをとった。
エルフだ。
が、プランタンタンとは異なる。雪と日差しに焼けつくした高山の民特有の焦げ茶色の肌をした端整な顔立ちに、濃い岩灰色の髪と銀灰色の眼をしている。
ゲーデル山岳エルフだった。
男とも女ともつかぬ外見と声をしているが、女である。
美しい刺繍の施された、ゲーデル山羊の中でもさらに貴重な天然岩山種の毛織の衣服を着ており、その胸元が大きく開いていた。
かといって、特段に胸が大きいというわけではない。むしろ、衣服の上からでは男かと見まごうほどだった。
と、その胸骨の上、鎖骨の合間の下あたりの皮膚が、内側より丸く盛り上がった。
そして皮膚が裂け、体内よりピンポン玉ほどの宝石のようなものが浮き上がった。色は、濃いオレンジだった。球体は水晶めいて光を通過して反射し、オレンジが微細に蠢いているようにも見えた。それが、胸の上部、喉元の下辺りに半分ほど埋まった形で、露出される。
「シンバルベリル……!!」
ターリーンが、驚愕に打ち震えた。
「そうか貴様!! ゲーデルエルフの刺客!! エーンベル……」
もう、ターリーンの首が胴と泣き別れている。
エーンベルークンが一息で間合いを詰め、腰の後ろに回している小剣を逆手で抜き払いざまに切りつけたのだ。
逆手居合である。
そしてエーンベルークンは素早く小剣を納め、立坑めいて屹立する爆破跡を見上げた。
光を反射し、その眼が銀色に光る。
魔力及び魔術式による空間歪曲隠蔽効果が物理攻撃によって強制的に破壊されたことによって膨大かつ複雑に発生した時空間振動の全てを干渉波でリアルタイムに打ち消しながらゆっくりと降下してくるストラと、エーンベルークンの眼が合った。
(私の攻撃とほぼ同時に、私より先に侵入した……)
まだ時空間重力波動が乱雑に飛び交っているが、できるかぎりストラのサーチが飛ぶ。
なにより、嫌でもそのシンバルベリルの反応が警告を発していた。
(……タッソのシンバルベリル反応の推定6000倍の魔力子量……! それが……今まで、まったく探知できていなかった……! まさか、シンバルベリルは、その規模にかかわらず……生体細胞で遮蔽されると探知不可能……!?)
だとすれば、潜伏行動の基準を、根本から変えなくてはならないだろう。
それはそれとして、いま、ストラにとって危急かつ重要なのは、エーンベルークンがストラにとって、そのシンバルベリル以外においても、非常に危険だということだ。なぜなら、激しい敵対行動の準備を解除しないでいるからである。
ストラが一定の速度を崩さずに、地下施設まで到達した。穴の底は爆風と衝撃波で完全に崩れ、ターリーンの住居兼事務室のようだったところは、跡形もなく崩壊していた。ここから、地下空間を三等分してそれぞれの組織に貸与している三つの部分に行くことができる。
ストラは、青黒い血をぶちまけるターリーンの死体を確認した。そしてエーンベルークンを冷たい眼で見つめ、
「あなたは、誰?」
エーンベルークンは答えぬ。
「なぜ、この魔族を殺したのですか?」
「…………」
「なぜ、私と戦おうとするのですか?」
「…………」
答えなくとも、脳を強制探査しようと思ったらできる。
だが、その高濃度の魔力を噴出するシンバルベリル反応からみて、そう簡単にはさせてくれなさそうだ。
ストラが先制攻撃しようとしたその時、唐突にエーンベルークンが口をきいた。
「我が獲物は……常に一匹だけというわけではない……。こいつは……我らを不用意に探索し……暗殺の対象となった……。それだけだ……」
「……で、私もその対象というわけ……」
「そういうことだ……魔法戦士ストラ……」
「ところで、あなたは、誰?」
答える代わりに、エーンベルークンが動いた。超高速行動に匹敵する動きだ。空気が震え、衝撃波が発生。周囲の岩石を吹っ飛ばした。




