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第2章「はきだめ」 8-1 脱出

 元から物置のような店構えだったが、ドアは破壊され、傾いていた。中は真っ暗で、震える足で近づき、覗いてみると、棚から何から破壊されてグチャグチャだった。金は持ち去られ、誰もいない。店の奥に続いている老店主とその妻のささやかな住まいも、完膚無きまでに破壊されている。


 ペートリューは歯ぎしりし、

 「ヴアアアあ!!!!!!」

 そこらじゅうのものを叩き、蹴り、掴んでは投げつけた。


 ただの強盗か……それとも、組合に入会せず、忠告や警告にも従わず頑なにレートを低く設定していた為による組織の報復か。


 やがて動きを止め、肩で息をしていたが、店から出た。


 「こんな街……こんな街ッ……! ストラさんの力で……滅亡すればいいんだッ!! みんな……みんな死んでしまえ……!! みんな……死んで……!! 死ね、死ね!! 死ね死ね死ね死ね死ねみんな死ねええッッ……!!!!」


 呪いの言葉を吐きつけ、歩きだす。それでも、仕事をしなくてはならない。次の両替商を目指して、通りを進んだ。



 8


 三日後、無事にフューヴァが戻って来た。

 「うまくいきやあしたか?」


 「ああ。ちょうどいいのがあった。さ、もう行かないと……間に合わないぞ。準備は?」


 「できていやす。このアパートも、明日で引き払うことになりやあした」


 「ストラさんは?」

 「ずっと屋根裏部屋でさあ」

 プランタンタンが、天井をその細く少し曲がった指でさす。


 「ペートリューは……まだ飲んでるのか? あんな酒樽、持ってけないぞ」


 プランタンタンが肩をすくめ、首を振った。


 「なんか、面白くねえことがあったみてえで……荒れてやんす。そりゃあもう、あの樽を飲みつくす勢いで……」


 「はあ?」


 飲んだくれを背負せおうほど、重く面倒なものは無い。フューヴァが、ペートリューの部屋のドアを叩きに叩いた。


 「おい、起きろ!! ストラさんにおいてかれるぞ! 今からもう出ないと!」


 何かがドアの向こうから豪快にぶつかる音がして、フューヴァが驚いて身を引く。内側からドアが開けられ、ペートリューが転がり出てきた。


 その酒臭さにフューヴァが鼻口をおさえ、

 「……しっかりしろ! 立て、出発だ!」

 そして部屋の中に転がる幾つもの中型のワイン樽を見やり、

 「こいつ、ホントにこれぜんぶ飲んだのかよ!?」


 ペートリューはこの三日間、ひたすら酒を飲みながら、携帯販売用の小樽にワインを詰め替えていた。その小樽を二つ重ねて背負子しょいこに結びつけ、背負しょったは良いが重い(合計で30kgくらいある)のと泥酔しているので、とても立てないでいた。


 「この女、なんなんだよ!!」

 フューヴァがダンと床を踏んで、

 「甘えるのもいい加減にしろよ! 知らねえからな!!」

 怒り狂い、自分の部屋へ入ると簡単な荷物を背負せおって出てきた。


 「行くぞ、プランタンタン!! そんなヤツほっとけ! ストラさんの足手まといだ! 酒樽抱えて死ぬんなら、本望だろうよ!!」


 細目を吊り上げ、雀斑ソバカスだらけの顔をゆがめてフューヴァが叫び、


 「ストラさん! 我々は一足先に脱出します! 仕事が終わったら、アーノスって村に来てください!」


 階段の上に向かってそう告げ、荒々しく部屋を出た。


 プランタンタンとて、ペートリューを引きずって行く義理も義務も、またその能力ちからも無い。


 「ペートリューさん、行きやあすぜ。ここで死んだら、もう好きな酒を飲めねえでやんすよ」


 その声が、届いたものかどうか……。


 突如としてペートリューが生き返り、獣みたいな唸り声を上げて動きだした。そしてガクガクと震えながらも、四肢を踏ん張って起き上がった。


 その様子にプランタンタンが呆れかえって、


 「いやはや……魔法使いってえのは、この必死さをふつう魔法に使うもんだと思うんでやんすがねえ……」


 呻きながら背中を丸め、なんとか小樽を背負ってペートリューがガクガクと前に進む。まるで、生き返った死体のバケモノだ。


 フューヴァはアパートの前でプランタンタンを待っていたが、玄関から現れたそんなペートリューを見やって、吹き出して笑った。


 「……いい根性だぜ! さあ、行くぞ! 半日、それ背負しょって歩けよ!」

 ペートリューが、唸り声で返答する。

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