第2章「はきだめ」 3-3 黒騎士の最期~シュベールとの邂逅
だが、爆煙の中に、ストラはいなかった。
ストラが凄まじい反射速度で転がって脱出しており、立ち上がるや、硬直するゴハールめがけて得意の回し蹴り。
それをまともに食らい、鎧の胴体がひしゃげてバラバラになる。ゴハールは転がらずに、なんとか踏ん張って耐え、身構えたが、ダラリと鎧の構成部品が垂れ下がり、半身が見えた。
兜も完全にふっとんで、黒髪に褐色肌の端整な素顔と、正統な騎士の鎧下装束が見え、始めて眼にする黒騎士の正体に観客もどよめいた。
「……ありゃあ、マンシューアル人じゃねえか!?」
フランベルツとは長く争っている隣国、マンシューアル藩王国は、帝国支配下ではあるものの高い自治権を有しており、近年、皇帝の権威と権力、武力が落ちている中、周辺諸国をよく侵略しては皇帝の仲裁で戦争を止め、会得した領土の半分を返還するなど等の乱暴な手法で領土をかすめ取っている。
「なんでマンシューアルのヤツがいるんだ!?」
「ぶっころせ!!」
「いいじゃねえか、強けりゃなんでもよう!!」
「この街だけは、強さだけが正義だぜ!!」
観客たちのヴォルテージも、最高潮だ。
千切れかけた魔法の鎧を全て自ら引き剥がし、身軽になったゴハールが歯を食いしばって怒りの眼でストラを凝視し、ストラも眼をキュッと細めて、猫科の猛獣めいて身をかがめる。
が、すぐにその構えを解いて、無防備に直立した。
「……ぬうおあああ!!」
ゴハールが凄まじい勢いで吶喊した。
が、対魔法効果の半減した鎧では……もうストラの攻撃を防げぬ。
ゴハールは分かっていて、騎士の誇りの為に吶喊したように見えた。
ストラが右手の人指し指をゴハールへ向けてちょい、と動かした。
とんでもない電撃がゴハールを襲い、雷鳴のような衝撃音が会場に轟いた。いや、それは(もはや)雷撃の魔法だ。全身を数千ボルトの高圧電流に打ち据えられたゴハールは衝撃でぶっ飛び、床石に転がった。電気イスにかけられた如く白煙が吹き出て、肉の焼ける臭いが立ち上った。
銅鑼が鳴り渡って、ストラの勝利が宣言された。
「いやあー~~あの黒騎士も、女の子だったんだねえ~~。それに、やっぱりガンダを倒したのも女の子だったじゃないか~~。強い女の子って、ステキだよねえ~~」
「黒騎士が女あ? もおお、子爵様ったら……ホントにい……」
呆れて、女が優男の腕にしなだれかかる。反対側の腕にも、負けじと二人目、
「シュベール様あ、今日はなにを食べさせていただけるのお?」
三人はひと試合だけ見物し、食事に行こうと会場の通路を歩いていた。
この街にも、組織の上の者たちや、他の街から遊びに来た大商人、さらにはお忍びで訪れる各国貴族や王族が使う高級又は超高級レストランが何件かある。
このシュベールなる人物……どういうわけか、金が尽きぬ。
また、平気でそういう高級店に、場違いにも金で買った女を日替わりで連れこむのが好きだった。
女たちも、一生に一度、口にできるかできないかという味だ。
また、シュベールの相手をすると金にもなる。
それに夜の方も強いと来たならば、我を争ってシュベールに気に入られようとする。
中には、職業上、けして他人に漏らしてはならない情報も、
「ここだけの話ですよお……」
と、漏らしてしまうほどに……。
そのシュベールが、やおらVIP用通路からフラフラと関係者通路に入った。
女たちは気づかない。
係員も、次の試合の準備などであたふたしており、見逃した。
ばったりと、曲がり角で試合が終わって引き上げてきたストラと鉢合わせした。
「あ、おい、困りますぜ! 旦那!」
シュベールの風体から重要顧客と判断した係員が、さすがに丁寧に対応した。
「こっちは、関係者通路ですよ!」
「ごめんごめん……!」
云いつつ、シュベールがストラへ鋭い視線を送る。
ストラも、その視線を受け止め、歩きながら視線だけで見つめ返した。
「子爵様あ、どこ行ってるのよお!?」
女に腕を引っ張られ、シュベールが通路を戻った。
(あれが、ストラちゃんねえ……ふうん……まるで人間じゃないような雰囲気だねえ……)
(いまの……人間……いったい……?)
ストラも、特に探査にもひっかからなかった男が妙に気になり始めた。
(いちおう、マーク……)




