第2章「はきだめ」 3-1 黒騎士ゴハール
そうこうしている内に、四人は会場に出た。
ワアッ……!!
喧騒と熱気が耳を劈いて、巨大な音響の固まりとなって四人を襲った。
三千人収容の闘技場は満席で、ストラ対ゴハール戦はメインの試合より盛り上がっていた。
「かっ……かかか、賭け率は!? 賭け率! ストラの旦那の賭け率は!?!?!?」
プランタンタンが目の色を変えて、近くにいたスタッフに詰めよった。
「あっ、は、は、はい、ゴハール様が3倍、ストラ様が28倍です……!」
「ににっにっにに、にじゅうはちばいいいいいィィ!!!!!!!!」
プランタンタンがわなわなと震え始めた。
「どっ……どうしよう……ど……旦那、旦那! やっぱり、28倍のうちに、一気に相手をブッ殺してやっておくんな……」
「もう、行っちゃいましたよ」
ペートリューが暢気に答えた。
「チイィイッッツ!!」
プランタンタンが舌打ちをし、ダン、と床を踏んだ。
「ま……まあまあ、賭け率は、試合の展開で常に動くから……落ち着けって」
フューヴァがそう云ったが、
「そんなん、試合が始まったら下がる一方でやんすよ!! 旦那ぁ……空気読んで、うまく賭け率が高い時に勝ってくだせえましよ~~~……」
「そんな……」
まるっきりイカサマじゃねえか、とフューヴァは思った。
三人がセコンド席に入り、闘技檀を見上げる。
壇の上には、四方に巨大な篝火が赤々と燃えあがって、ストラと、真っ黒な鎧と楯……さらには、剣身までもが漆黒の装備をした大柄な人物をゆらゆらと照らしつけている。
漆黒の鎧は派手な土産物の彫像のようにゴテゴテとしており、とても機能的には見えないが、巨体をものともせず縦横無尽に動き回り、相手を翻弄しつつ確実な技術の剣で倒す。しかも、魔法がいっさい効かない。
黒騎士ゴハールだ。
「な……なんだか、派手なカラスみてえなお人でやすんね」
プランタンタンの素直な感想に、フューヴァは緊張や心配もぶっ飛んで、苦笑してしまった。
「ストラさんの魔法も、おそらく全て防ぐぜ……。できれば、もっと対抗策を練りたかったんだが……」
「だから、心配御無用でやんす……まあ、観てておくんなまし」
「……」
フューヴァが大きく息を吐いた。プランタンタンはそう云うが、フューヴァはガンダを格闘で倒したストラしか知らない。恐るべき対魔法装備を持ち、自身も相当な剣と楯の遣い手であるゴハールは、かなりの難敵だ。
(超軽量未知合金装甲……表面を、高濃度魔力子が一定のパターンを描いて蒸着に近い形で隙間なく覆っている……剣状武器にも、異様なほど魔力子が固着している……シールドにも鎧と同様の魔力子パターン文様……)
ストラが、対戦相手をくまなく探査。
(装甲の中身は人間……性別は女……但し、この街の主要な人間とは人種が異なる……)
ゴワアッ……!!
銅鑼が鳴り響き、歓声と共に戦いが始まった。
ストラ、いきなり光子振動剣「アンセルム」を抜いた。
刃に光が走り、人間の耳には聴こえない超超振動を発する。分子結合を破壊し、およそこれで裁断できない物質は存在しない。
それを両手で持ち、中段で切っ先を相手に向ける。
ゴハールも、楯をやや前に出して膝を緩め、漆黒の片手剣を中段にする。突撃の構えだ。
ジリッ、ジリッと距離を詰め……。
互いに一足か二足で険が届く間合いに来るや、先に動いたのはゴハールだった。
まるで相撲の立ち会いのような速度で、ストラにぶつかって行く。シールドアタックだ。そこで相手を崩してから、剣で突きを見舞う。正統な技だった。
それをストラが自分から観て右斜め前、相手の左側に歩を進めて「斜に入り」、ゴハールの視界から消えた瞬間、転身すると同時に刀を高々と掲げ、思い切り振り下ろした。
まともなら、そのまま相手の首を落とすか、平服での戦闘なら肩甲骨の辺りに刃が食いこむ。
今、ゴハールは全身鎧を着こんでおり、通常ならそのまま背中の装甲で剣を受ける姿勢だ。
が、なんとゴハールはストラの動きに着いてきた。
ゴハールも素早く転身し、そのストラの斬撃を楯で受けた。
ギャギャギャアッ……!! 凄まじい金切音がして火花と光の粒が散り、セコンド席の三人も耳を押さえた。




