第1章「めざめ」 7-4 グラルンシャーンの思惑
「あれは、シンバルベリルの暴発でござったか」
山岳エルフの酋長のうち、やや年長で髪の長いほうが囁き声で云った。本当に囁いているわけではなく、既に声が普段から掠れているのだ。
「ま、そう云うな。それが僥倖となったのだ」
「僥倖ですと?」
「皆の衆」
グラルンシャーンが、椅子から背を離し、背筋を伸ばした。
「かの地を、四百年ぶりに、我らゲーデル大エルフの手に取り戻す好機だ。帝国の眼が行き届かぬうちに、あそこからリーストーン家を一掃し、我らが直接、ヴィヒヴァルンやフランベルツの顧客と取引を行おうではないか」
「ほう……」
「ふうむ」
牧場エルフの酋長二人は、もちろん、既にグラルンシャーンの意に従っている。残るは、山岳エルフの二人だった。
「左様なこと、牧場側で勝手にやればよいこと。それをわざわざ、我らに話を振るとは?」
「兄様、腹を割ってお話なされ」
「腹だと?」
グラルンシャーンが、不敵な笑みを皺だらけの顔へ浮かべた。
「お前たちのこと、我の腹のうちなど、とっくにお見通しであろうが」
「いかさま」
山岳エルフの二人も笑う。
「ヴィヒヴァルン王やフランベルツ選帝侯と直接取引をしたとして、儲かるのは牧場のみ。我らの岩石を商う商人は、むしろ山向こうのホルストンの人間どもにて」
「兄様は、そのうち、山岳山羊の毛織物まで、我らより奪って暴利をむさぼる気であろう」
「いかさま、いかさま」
牧場側の二人の酋長が目を丸くする真ん中の席で、グラルンシャーンが楽しそうに笑った。ここまでズバズバともの云うのは、もう牧場エルフには一人もいない。
「悪いようにはせぬ。ヴィヒヴァルン王やフランベルツ選帝侯とて、お前たちの掘る石は欲しいはず。リーストーン家を排除すれば、云い値で売れるぞ」
二人が、その灰色の眼で見合う。牧場エルフ三人は、プランタンタンと同じく薄緑の眼だ。
「石は分かったよ、兄様。ただ、山岳山羊を取りすぎぬと誓約してくれ」
「お前たちにしか捕らえられんものを、どうやって……」
「わからんぞ、兄様のことだからな」
「信用がない喃」
グラルンシャーンが、楽しそうに苦笑。
「ゲーデル大御神に誓って、山岳山羊には手を出さんと誓約しよう」
「わかった」
山岳エルフの酋長二人が、うなずいた。
「で、我らは、何をすれば?」
「話が早くて助かる」
そこで、グラルンシャーンが手を上げて、茶を用意させた。山岳エルフたちが手土産に持ってきた、高山の薬草茶だ。
「巫女を貸してくれ。山風の巫女だ」
「風を吹かせて、どうするので?」
「決まっておろう」
「季節はずれの吹きおろしで火を煽り、ダンテナを焼きまするか、兄様」
「いかさま」
「いいでしょう。すぐにでも」
グラルンシャーンは満足げにうなずいて、茶に続いて、自慢のゲーデル山羊肉料理を用意させた。人間にはその独特のクセで、
「とても、食べられたものではない……」
というゲーデル山羊だが、エルフには、大御馳走なのである。煮物、焼き物、燻製、そして新鮮な刺身だ。
さらには、何種類かの雑穀を発酵させた非常に度数の弱い酒も用意される。どろりとした粥状の飲み物で、大変に栄養価が高い。酒というより、主食に近い。
エルフには、人間の酒は度が強すぎて口に合わず、この「ホーン」という微アルコールの粥酒が大好物であった。
「では、リーストーン家の滅亡と我らゲーデル大エルフの繁栄を祝して」
五人が立ち上がり、木の椀に並々と注いだホーンを掲げ合って、それから一気に飲み干した。
(さぁて……あとは、我の逃亡奴隷を拾った、ストラなる魔法戦士の落とし前のみ……だ……)
グラルンシャーンの眼が、異様な光を鈍くたたえた。




