第1章「めざめ」 7-3 緊急酋長会議
プランタンタンが囁き声も厳しく、ペートリューの口を手で押さえた。ペートリューが驚いて、そんなプランタンタンへ目をやる。
確かに、ストラが、
「ちょっと見てくる」
などとつぶやいて、ふらっと消えてから一時間も経っていない。
「ほ、本当にストラの旦那の仕業でやんすか!?」
ペートリューが細かく首を振って、プランタンタンの細く長い(ちょっと曲がった)指の隙間から、もがもがと声を出す。
「わ、わかんないけど、あ、あんなこと、シンバルベリルしか、あ、あ、ありえないし……」
「そのシルバナントカって、ストラの旦那しか壊せないんで!?」
「そそ、そ! そんなことないけど、状況的に、ストラさんしか……!」
「シーーーッッッ!!!! 死んでも、そんなこたあ口にしたらダメでやんす!!!!!!!!」
プランタンタンの凄まじい形相に、ペートリューが真っ青になって口をつぐみ、今度は細かくうなずく。
「逃げやしょう! 逃げるんでやんす!」
「ええっ……!?]
右往左往、あるいは硬直する兵士たちに交じって、プランタンタンがペートリューの袖を引いてそう云った。
「あんなんなっちまって、どうせ御金様なんざあもらえねえでやんす! 命のほうが大事で!」
「ス、ストラさんを置いて、逃げるんですか!?」
「旦那は、きっと平気の平左で帰ってきやすよ!」
「私がどうかした?」
二人が、声も無く飛び上がって振り返った。
いつもの無表情に眠そうな半眼で、ストラが立っている。
「だ、旦那ああ~~~~、御無事で……!」
安堵するプランタンタンとは逆に、ペートリューがストラへ取りすがった。
「ススッスス、ストラさん、ストラさん、スト……どうや……どうやって……あの……!」
それ以上、言葉にならなかった。
「よくわかんない」
「なんでもいいでやんす! 逃げ……」
プランタンタンが云うまでも無く、風向きが変わり、猛烈な炎が森林火災を引き起こしながら街道を下に嘗めはじめた。熱波と煙が轟轟と襲ってき、ダンテナ兵たちが咳きこんで、
「た、退却ーッ! たいきゃああーーーーく!!」
部隊長の号令で、我先に山を下り始める。
「さあ、これで逃げる云い訳もいらねえでやんす! いそぎ……ゲホゲホ!」
煙に巻かれ、涙目となってプランタンタンも走った。
坂道を転がるようにして我先にダンテナへ戻る兵士たちに交じって、ストラとペートリューもその後に続いた。
タッソ爆発の轟音は地方一帯に響き渡り、その火柱と町を焼きつくす業火はダンテナからは見上げる形で、ゲーデルエルフの里からは眼下に見下ろす形でよく見えた。何日もかけて夜通し燃え続ける町と山の火は、まさに地獄の業火に思えた。
ダンテナでは、山間を赤々と染める火の筋と、濛々と上がる煙を見やって人々が震え上がり、領主リーストーン公もショックのあまり倒れてしまった。おりしも家老であるランゼが急死しており、ダンテナは統治機能を失って大混乱となった。
一方、ゲーデルエルフの里では、緊急の酋長会議が行われていた。牧場エルフの酋長三人と、一族郎党ながら普段は殆ど交流の無い山岳エルフの酋長二人だった。
全員が五百歳を超えているが、最年長にして最実力者のグラルンシャーンが議長である。場所も、グラルンシャーンの屋敷の応接室だ。
「……我々まで呼び出すとは、よほどの大事なんでしょうな、グラルンシャーン兄様」
ゲーデル山羊には山岳種と牧場種があり、山岳エルフは希少な貴金属を掘る仕事を生業としていて、ゲーデル山羊山岳種を養殖しているわけではない。従って山岳エルフたちの着ている山岳種の毛織物は、いわゆる「天然物」で、牧場種より希少かつ高価だった。同じ重さの金より高い。
「いかさま」
最年長ながら最も目が鋭く、声に張りのあるグラルンシャーンが、渋い顔を微かに緩めてうなずいた。その微妙な表情の変化を読み取って、山岳エルフの酋長たちも、ニヤッと笑った。
「あの、人間どもの町の火事に関係が?」
「左様、左様」
「田舎魔術師に、シンバルベリルなど与えるからでござる……」
グラルンシャーンの横で、牧場エルフの酋長の一人(当然、牧場エルフの酋長は二人ともグラルンシャーンの弟分で手下である)が、眉をひそめて、さも自分は反対したと云わんばかりのニュアンスでつぶやく。




