第1章「めざめ」 6-5 ストラの呪い
魔術式波動に同調し、強制的に反転、効果や術式そのものを打ち消して霧散させる指向性干渉波を放ち、ランゼへ直撃させる。さらには、強制的にランゼの魂魄近接領域から魔力を吸い出した。
「!!」
心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われ、ランゼは胸を押さえて息を詰まらせた。心筋梗塞にも似たこの感覚。医学的知識もないし、まして魔術式干渉効果の副作用という考えも無い。自分の身に何が起きたか理解できず、
(ま……まさか、ストラのやつめが……呪いを……!?)
そう考えるのが精一杯だ。
(心音、脈拍、脳波に異常を感知。干渉を中止)
「……!!」
突然、楽になって大きく息を吸う。
が、耳から心臓が出るのではというほどの鼓動を打つ胸を押さえ、脂汗を大量に吹き出しながら、ランゼは魔法陣の中央で膝から崩れ、荒く息をついた。視界が真っ暗だ。
(おのれ……おのれえ……)
ただの魔法戦士ではない。こんな、恐るべき呪いの秘術まで駆使するとは……。
しかも、殺しもせずに途中で術を解いた。警告だ。嬲るような。
勝てない。
痛感する。
魔法学院の成績で、最初から勝負するのも憚られるような、雲の上の優等生たち。そいつらと対決させられた、攻撃魔法の授業。一撃で吹き飛ばされ、失笑と苦笑にまみれた若かりしあの日。それ以上の感覚に襲われる。屈辱を超えるもの。
それは、恐怖だ。
こんな相手に、勝てるはずがない。こんな恐ろしい呪いを使い、さらには剣でもエルフの竜騎兵十騎を一人で瞬殺する。
(化け物だ……化け物がリーストーンに現れた……)
それはもう、不運というものだ。
(グラルンシャーン殿……お許し下され……私には、勝てません……)
最初は、たわいもない野望だった。領主の甥であるタッソ代官を領主にして、古くから続く慣習を廃止し、複雑な流通の仕組みを改める。リーストーン家とグラルンシャーンで直接ゲーデル山羊製品を扱って、儲けを数倍にする。そうして、領民に還元する。
一種の流通革命であり、現領主と卸商の連中を排除するのは、必要最低限の犠牲だった。
リーストーンのためと思った。それだけだ。
動悸が治まってきて、なんとか立ち上がる。そのまま、激しい吐き気と頭痛と胸の圧迫感をこらえ、寝台へ横になった。何度か深呼吸しているうちに、眠りに落ちた。
そうして、そのまま、目覚めなかったのである。
7
翌日、早朝。
兵士80人と共に、ベンダとアルランがタッソへ戻るために城を出た。ストラたちも、二人のそばにいる。
領主は執務室で出発の報告を聞き、何度も深い嘆息をついた。
「……ランゼはどうした」
「まだ、お休みかと」
「あやつも、もう年だな……」
リーストーン公がランゼの急死を知るのは、昼前であった。
そのころには、一行は街道を順調に進んでいた。そのまま三日半かけ、タッソへ何事もなく到着する。
「戻ってきやがった」
タッソ代官、ヨートルホーン・ガールム・リーストーンは、35歳。領主の亡くなった弟の子で、領主の子らと兄弟のように育った。それなのに、老獪なエルフの大酋長グラルンシャーンの口車に乗り、伯父と従兄弟らを追い落として領主になりたいだけの人間だった。
最初は、ナニを馬鹿なと思ったが、ランゼが味方になると知って、俄然やる気になった。
「ランゼは、暗殺に失敗したようだな」
本来は代官の目付役のはずである三人の魔法使いが、代官屋敷に集まっている。元は四人だったが、ペートリューは大酒のみの無能がバレて早々にクビになった。三人とも若く、ランゼの弟子や、魔法学院の伝手を頼って雇った者たちだった。男が二人と、女が一人である。
「そうですね。生きて、タッソまで戻ってきておりますので」
「ランゼは、どんな云い訳をしてきたんだ!?」
魔法使いたちが、不安げに見合う。
「……それが、連絡がつきません」
「なんだって?」
代官が眉をひそめた。
「……まさか、裏切ったのか!?」
「そんなはずは……」
もし、領主に鞍替えしたのであれば、三人は梯子を外されたことになる。
「グラルンシャーンの指示は、なにかあったか?」
「そ、それは……」




