第1章「めざめ」 5-3 声色の魔法
「ど、どうしましょう、ストラさん!」
「私が兵士をひきつけます」
云うが、ストラが走って裏通りを行ってしまった。
「え? え?」
みな、狼狽する。
その時には、ストラが偽装工作用の空間振動効果プログラムを起動し、
「賊だ、賊だ!! こっちへ逃げたぞ!」
誰とも分からぬ男の声がして、にわかに行列が殺気だった。
「こっちへ逃げたぞ! 追え、追え! こっちだ!」
領主も緊張し、一気に行列の兵士がそちらへ向かった。
(す、すごいです! 声色の魔法を、こんな効果的に……!)
ペートリューが内心、興奮して通りを見つめた。声色魔法などは初歩も初歩、魔法学校や私塾の新入生が一番最初に習うもので、云わば「子供でもできる」ものだ。あまりに簡単かつ魔力行使の初歩なので、みな訓練用の術という認識であり、実戦で使うという発想からして無い。
それが……。
「殿をお護りしろ!」
などと云うが、領主を囲う兵士の数は、おりもせぬ不審者を追って行ってしまい、激減していた。
(いやはや、これが直訴じゃなく暗殺か何かだったら、イッパツでやんす)
プランタンタンも、驚きを隠せない。
「それより、いまでやんすよ、さあ、さあ!」
「し、しかし、状況が……」
「焦って、走って行ったらだめでやんす、ご領主様を驚かせないで、さも当然という風に、堂々とお行きなせえ」
プランタンタンに背中を押され、二人が通りへ向かった。
ベンダが、懐から布を出した。タッソゲーデル山羊製品卸商組合の紋章がでかでかと刺繍された、特製のタペストリーである。もちろん、ゲーデル山羊の最高級毛織物だ。それを掲げ、表通りへ出た。
「何もの……!」
と手槍を向けた兵士も、馬(のような生物)の上の領主も、おやっ、という顔で、すんなり二人を近づけさせた。
「どうした、このようなときに……」
バーデルホーンの声を聴いたとたん、二人が思わず号泣した。
「領主様! いま、タッソが大変なことになっております!!」
「なんだと……!?」
「ど、どうか、これをお読みに!!」
厳重に蝋封された訴状を出し、兵士が受け取ってバーデルホーンへ渡した。それを見やり、その顔が引き締まる。
「ここではなんだ、城へ来い」
「ハハァ!」
二人が地面へ片膝をつき、頭を下げた。兵士にうながされ、領主の馬(に似た生物)について歩く。
それをプランタンタンとペートリューが見送り、やがていつの間にかストラも戻ってきていた。
しかし、二人は翌日の夜になっても、城から出てこなかった。
「どうしちまったんでやんしょ?」
プランタンタンが、木窓からすっかり暗くなった外を見やってつぶやいた。
「帰ってこなかったら、タッソへ戻っても御金様をもらえねえでやんす」
ペートリューも不安に苛まれ、酒の量が見るからに増えていた。プランタンタンとストラが基本、飲まないので、三人分飲んでいる。これで、今夜も帰ってこなかったら、ベンダとアルランの分まで飲んでしまう勢いだ。
「旦那、その……タンチ魔法とやらで、何かわかりやすか?」
とうぜん把握している。
「ランゼの進言で、二人は投獄……というより、軟禁状態にあります」
「へえ? なぜでやんす?」
それにはペートリューが詳しい。
「ララ、ランゼ様が一味なら、タッソにまた伝達を飛ばし、じ、時間を稼いでいるんじゃないかと……」
「ご領主様は、どうしているので? やっぱりご領主様もグルでやんすか?」
「タ、タッソ代官のヨートルホーン・ガールム・リーストーン様は、領主様の甥にあたり、信頼厚く、また、たいそう可愛がっておいででして、その……にわかには、信じられないでいるのでは、な、ないでしょうか」
「はあ、そりゃまた、ありがちでやんすね」




