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第1章「めざめ」 5-1 ランゼ

 「で、ですが、どうやって?」

 ペートリューが、固まりつく二人に代わってストラへ尋ねた。

 「明日、領主が外出します。そこで、渡しましょう」

 同じように、あっさりと断言し、ペートリューも絶句する。

 「あ、明日……」

 「どうしてわかるんです?」


 と、云ったアルラン、愚問に苦笑した。ストラの「探知魔法」ならば、きっとそこまで分かるのだろう。


 じっさい、ストラは空間探査をかけているので、音声情報まで把握している。領主の動向は、全て把握していた。


 「で、では、そういうことで!」


 アルランが希望に満ちた顔つきとなり、最後にもういっぱい、グッとやろうとしてペートリューが全て飲んでしまっていたことに気づいて、また苦笑した。



 5


 リーストーンはバレーン=リューズ神聖帝国七百余州の中でも、国家とも云えぬ極小地方領地のひとつであったが、中央から派遣されているという名目の領主も事実上世襲であり、帝国に数百ある「国衆」として独立を保っている。総人口は約二千。領地の一部が人外領域であるゲーデルエルフの所有する山岳地帯に接しており、領内にはよくエルフがいることで有名だった。牧場エルフの作る希少な布地や、山岳エルフの鉱山から出る鉱物と、ヴィヒヴァルンやフランベルツの産物の交易中継地として、わりと栄えている。


 領主バーデルホーン・アラン・リーストーン2世は57歳。温厚だが頑固な一面があった。


 そして、もう20年近くも宰相(というより、この規模の領地では家老に近い)として領主を支えているのが、ランゼという魔法使いだった。62歳になる。


 ランゼは余所ヨソ者というわけではなく、ここダンテナの出身だった。


 9歳のころよりダンテナにいた田舎魔法使いの私塾で魔法を習い、才能豊かということで13歳の時に先代領主の推薦を得て、ヴィヒヴァルン王国の王立魔法院に入学を果たした。これは、リーストーン初の快挙であったという。


 そこで10年学び、そこそこ・・・・の成績で卒業。市井しせいの魔術師として王都ヴァルンテーゼンにて20年近く過ごし、ダンテナへ帰還。代替わりしたばかりの当代へ挨拶した際に意気投合して、爾来、刎頸の交わりを続けていた。


 若い時はシュッとしてわりと異性にもモテたが、いまはそれなりの老人だ。この世界、60を無事に迎えられたら、我々の80にも近い感覚となる。10年前までは脂ぎって恰幅もよかったが、いまはまた痩せてしまっていた。領主の引退、もしくは死と共に、自分も身を引くと決めている、よくある忠義者の好好爺である。


 表向きは。

 「今日は来ていない?」


 魔術師の職能ローブにヴィヒヴァルン王立魔法院卒業の証のケープをつけ、ランゼが対応係の報告を受ける。


 (さて……あきらめてタッソに帰ったか? いや……まさかな)


 腐っても王立卒だ。魔法の他、どこの国でも宮廷魔法使いとして役立つように政治学も学んでいるし、腹心としての実務経験もある。


 「殿は、今日は?」


 「昼前より、ご帰国になるフランベルツ隊商を引見され、その後、お見送りに街道まで出ます」


 「中止にする……わけにはいかんか」

 「はあ」


 フランベルツとヴィヒヴァルンよりゲーデル山羊製品を買いつけにくる商人たちは、リーストーンの生命線だ。たとえ多少具合が悪くとも、ないがしろ・・・・・にはできない。


 「すまんが、衛視隊長を呼んでくれ」

 「はい」


 すぐに、執務室に衛視隊長……もっと大きな国では、騎士団長や将軍に相当するリーストーン軍事の最高責任者が訪れる。


 「外出中に、無礼者が殿に近づくやもしれん。警備を倍にしろ」

 「え……あ、はい、かしこまりました」

 42歳の実直なヒゲのおやじは、丁寧に礼をして下がった。

 (あと……いちおう、報告しておくか)


 ランゼが何事かブツブツとつぶやいて両手を空中でこねくり回すや、一匹のカラスが現れた。


 「ホーデルへ伝えよ。連中、まだダンテナにいるか、街道を登ってタッソへ向かったから、代官へ報告し、再度、兵をよこすよう進言しろとな」


 カラスはガァ、と一声鳴き、窓より飛び立ってタッソへ向かった。


 (しかし……どうやって代官所やエルフの竜騎兵の挟撃を逃れて、ダンテナまで来たものか……油断ならん)


 矢のように山間を飛んで行くカラスを見えなくなるまで見つめ、ランゼが眉をひそめた。

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