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第5章「世の終わりのための四重奏」 1-4 魔王レミンハウエル

 エルフの眼には充分な光があり、その光が発光生物のものによることが、すぐに分かった。しかも、膨大な量だ。天上一面が満点の星空のごとく光り輝いており、その光は壁にも広がって、完全に宇宙空間のようだった。


 (こ、ここは……!)


 周囲には無数かつ長さや大きさも様々な鍾乳石があり、一部には巨大な水晶が剥き出しになって結晶化していた。地底に川が流れ、巨大な地底湖もあるようだ。そんな光景に初めて接したエーンベルークンが目を見張って周囲を見やっていると、


 「魔王様、客人を御連れいたしました」


 プラコーフィレスの声がしたので、ギョッとして声の方を振り向くと、プラコーフィレスが胡座あぐらのまま両拳を石の地面へつき、深くこうべを垂れて平伏していたので、あわててエーンベルークンもそれに続いた。


 「おもてを上げよ」


 フィーデンエルフの言葉により、若者……声変わりしたかしないかのような青年の声がして、エーンベルークンがゆっくりと頭を上げると、いつのまにやらそこ・・にいたのは、まさしく人間で云うと15~7歳ほどの人物だった。ただ、魔族らしくその肌は南方の有毒両生類そのもので、ぬめぬめと光った黄色地肌と緑の斑模様を太い黒が縁取っている。この蛍光色の明るさの中では、より毒々しく映って見えた。真っ黒に光る黒真珠のような眼が、斑にまみれてその顔についている。髪も、真っ青だ。人間の着ている魔法使いの職能ローブに近い、マントとケープの中間のような濃い藍色の服を着ている。これは、人間の魔術師の方が魔術の真の遣い手として、その意味で魔族にあやかっているからだ。魔族達の衣装が先である。


 そして見た目や声は青年だが、魔王というからには、少なくとも1000歳を超えた大魔力の持ち主なのは間違いない。


 魔王レミンハウエル。フィーデ山の火の魔王。世界に数人いるとされる、正真正銘の、魔王の一人だった。


 もっとも、魔王と云っても別に魔族の王国があるわけではない。魔族はあくまで単独行動で生きている知的生命体で、国はおろか集落や集団、あるいは組織を作らない。魔王というのは、現代では超絶的に強力な存在に対する、単なる比喩的な称号だ。(従って、必ずしも魔族だけが魔王となるわけではない。)


 もし、魔族が純粋な力の支配にせよ、ある程度まとまった集団となって人類に対抗したならば、この世界の人間など瞬く間にその支配下の最底辺に置かれるだろう。

 

 しかし、生物の進化とは面白いもので、そうはならなかったのである。

 「ヂャーギンリェルから聴いた。活きの良いにえがいるそうだな……」

 「ははあーっ……! いかにも……!」

 楽しげに、演技めいた声を張ってプラコーフィレスがまたこうべを下げた。


 エーンベルークンは、この地下の王宮に、千年以上もたった一人で住み続けているであろう孤独な魔族を、マジマジと見つめた。


 そして、その左手の中指にある、巨大な赤い石の指輪に気づいた。

 (あ……あれ・・……は……!!!!)


 その視線と驚愕に当然気づいた魔王、ニヤリと笑ってその左手で毒々しいほどに青い前髪をかき分け、流し目でエーンベルークンを見下ろす。


 「気になるか?」

 ペロリ、と唇を舐めるその舌も、美しい海のように真っ青だった。

 「あ……ハハッ……」

 「名はなんという?」

 「ハ……ゲーデル山のエルフ……エーンベルークンにて……」

 「フフ……貴様も、まずまず強力なシンバルベリルを有しておるな……」

 「畏れ入り……」


 「貴様らエルフどもは、実にうまくシンバルベリルを造りおる。時に、我ら魔族よりうまい・・・。不思議なものだ……」


 そう。

 その細い指に輝くルビーのような宝玉は、真紅のシンバルベリルだ。


 血を詰めたような怪赤色に光るシンバルベリルを、エーンベルークンは初めて見た。


 単純計算で、濃いオレンジ色のエーンベルークンのシンバルベリルの、数千倍の魔力を溜めこんでいるだろう。まさに、魔王の無尽蔵の魔力を常に凝縮している。このレベルになるとこのような比喩は何の意味も成さないが、平均的な人間の魔術師で換算すると、数億人分の魔力になると思われる。


 そんなものが、左手の指についているのだ。

 (す……凄まじい……!!)

 エーンベルークンは感嘆した。

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