第4章「ほろび」 4-2 人外の力~元地方伯の長男
「ハハハ、ハハーッハハハハ……!!」
グレイトルが高らかに笑いだし、兵士が戸惑った。
「マンシューアルとピアーダのバカどもめ、己らが何をしでかしたのか、後々、思い知ることになるだろう! 人外の力を借りるものは、人外の力によって滅びるのだ!」
顔を歪め、涙目でそう云うや、腰の短剣を抜き放ち、一気に自らの喉へ突き刺した。
鮮血が噴き出て床を濡らし、前のめりに膝をついて、そのままガックリと倒れ伏した。
城の一部から火の手が上がり、攻め手が驚いた。グレイトルの死を知った城兵の一部が、自ら火を放ったのだ。
が、幸いなことにあまり燃え広がらずにボヤ程度で済んだ。城兵のことごとくが戦死または自死したが、数十名が投降した。ピアーダが、その者たちの助命を請け負った。
昼過ぎにはグレイトルの遺体が発見され、丁重に葬ることになった。
ここに、選帝侯地方伯フランベルツ家及びフランベルツ地方伯領は滅亡した。
伝達魔法のカラスが飛び、10日後には、ラグンメータは正式にマンシューアル藩王によってフランベルツ総督に任命された。また、総督権限によりピアーダが副総督、サンタール、ンスリー、シュベールもそれぞれ要職に就き、各配下をそれなりの地位に就けて、フランベルツ再建に向けて動き出した。
マンシューアル藩王国はフランベルツを事実上の直轄領として、神聖帝国を構成する七百余州でも最大の版図となった。皇帝と有力諸貴族は、表向きは認めずとも、実効支配として追認せざるを得なかった。なぜなら、地方伯が領地領民を捨てて命からがら帝都に逃げてきたため、領地と爵位を放棄したと見なされ、制度上自動的に皇帝へ返上したことになってしまったからである。そこに本来であれば皇帝が新しい領主を任命するのだが、マンシューアルが実効支配しており、誰も巨大藩王国と争う領主はおらず、皇帝にもそんな力はないため、その支配を認めざるを得なかった。また、たとえどこかの領主を新フランベルツ地方伯に任命しても、名ばかりになるし、マンシューアルとの面倒を抱えこむだけなので、どこの家も引き受けず辞退されるだろう。それでは、皇帝の体面が傷つく。
帝国を構成する七百余州の大小様々な諸公地内に高度な自治権を有する「王国」は14あり、そのうち皇帝を輩出する権利を持つ「内王国」が六つ、皇帝を出すことはできないが、強力な力を持っている王国が五つ、そして本来帝国の外にあり、後の世に服属することになった外地である「藩王国」が三つだった。
その藩王国の一つであるマンシューアルがフランベルツを手にしたことで、地政学的に帝国内部に「食いこんできた」かっこうとなった。
さらに、マンシューアルの手は伸びる。
これは、後の話のことだが……。
地方伯は爵位を返上……あるいは、事実上の剥奪でも良いが……とにかく爵位を失い、平民となった。それは、元地方伯の希望通りだったが、領地も失ったので、無収入となってしまった。優雅な年金暮らしどころか、その日の食い物にも困る身分になった。
とにかく帝都の屋敷を売り払い、まず当面の金を得た。心情的にも、実生活の上でも、いきなり庶民の住むアパートに入ることはできず、高級ホテルの部屋を借りた。
が、屋敷を売った金でも、二年ほどしか持たないことが分かった。
帝都の貴族学校を出たばかりの17歳になる元地方伯の長男が、非常に聡明かつ堅実だったことは、元地方伯にとって唯一の救いと云えた。彼は若いながら、家宰のように家の生活費をすべて把握した。貴族の暮らしにこだわらず、どうにか借金をせずに父母が耐えられるだけのそれなりの生活ができる方法を考え、また弟達が貴族学校から実務商学校へ移る手筈を考えた。
そして、ある結論に達した。
伯爵位は失ったが、職能位である選帝侯位は未だ残っていたため、それを売ることにしたのだ。
父母は、反対するどころか全てを長男に任せた。
しかも、この長男の凄いところは、ただ売るだけではなく、今後のそれ相応のホテル暮らしあるいは使用人付アパート暮らしを保障する権利もつけて売ったのだった。
そして、買ったのはマンシューアル藩王だった。
加えて、長男はなんのこだわりも無く、マンシューアルに売った。
この長男が跡を継いでいれば、マンシューアルには負けていなかったのに……と、皇帝すら惜しんだという。
こうして元地方伯家は中流程度のささやかな暮らしを手に入れ、マンシューアル藩王はフランベルツと選帝侯位を得た。




