第18章「あんやく」 4-1 魔像兵再び
「しかし、状況が不利なことに変わりはありません」
ストラの言葉に、レクサーン、
「それはそうですが……魔王様、次はどうすれば」
偽ムーサルク騒動に乗じて王位を得た手腕も、さすがにゾールンがらみの大事件では、如何ともしがたかった。何をどうすればよいのかまったく判断できないし、そもそも全体像をまったく把握できていない。元々チィコーザは王家で政治を独占しており、他のチィカール家は王位について初めて知ることも多い。そのうえイリューリ王は、王子たちにすら諸々の詳細を知らせていなかった。ゾールンの廃神殿の跡地が千年も前から領内にあったというのも、前々王家の際の月の塔家では把握していたはずなのだが、イリューリ王の系統である東宮家に王位が移った際に、いっさいが失われていた。再び月の塔家から王位に就いたレクサーンも、初めて事の次第を旧臣から引き継いだのだった。
それから半年もしないうちにこの騒動だ。レクサーンも混乱を極めている。
「ゾールンの神殿跡を監視している部隊から、まだ連絡はありませんか」
「ありませぬ」
「で、あれば……」
急ぎオネランノタルたちを強行偵察に出そうと思ったそのとき、連絡が来た。
「緊急伝に御座います!」
従者が叫びながら広場に入ってきて、後ろに止まり木を持った従者が控えた。木には、伝達魔法の大きなカラスが止まっている。偵察部隊付の魔術師が発したカラスだ。
「畏れながら申し上げます!!」
王が何か云う前に、大口を開けてカラスがわめいた。
「竜魔王めの神殿跡地には、一夜にして壮麗なる古代神殿が復活し、そこより南方大陸の屈強な軍団、先に偽ムーサルクに化けていたという南方の不届きなエルフの軍団、さらには、見たこともない南方の種々の魔物の群れが出現!! 我ら偵察部隊の村落を無視し、平原を王都に向けて進軍中に御座りまする!!」
「なんだと!!」
王の前に、騎士団・国軍総司令のリムスカール伯爵が声を荒げた。
「数は!?」
「私どもの観測した時点で、およそ3万! し、しかし、続々と神殿より兵と魔物が出現しており、戦列が止まるところを知らず! 総勢は想像もつきませぬ!」
作戦室の全員が響動めいた。
レクサーンが歯ぎしりし、顔をしかめる。王都治安維持が主任務の都騎士団は、元々数が少ないうえに、いま人員を割くわけにはゆかない。王個人の警護である近衛騎士団の王冠騎士団と、王宮警護の白百合騎士団は尚更だ。諜報騎士団である穴熊は騎士団とは名ばかりで、いまも全国や帝国中に散らばっている。チィコーザを代表するメインの国家騎士団は、国内治安維持が主任務の走竜騎士団と、対外戦が主任務の鎚騎士団を意味する。
しかし、両騎士団とも偽ムーサルクとの戦いで壊滅。緊急再編途中で、麾下の歩兵部隊やその他兵力は、臨時編成を合わせても2万ほど。加えて新任が多く練度不足で、強力な魔獣もいるであろうゾールン軍とまともに戦えないのは明白だった。
(ルートヴァン殿に援軍を……!!)
レクサーンは当然そう考えたが、間に合うかどうか。
「陛下、急ぎガントックから援軍を得ましょうぞ!」
「ガントックからか……!」
選帝侯国の1つであり、チィコーザの盟友かつ配下のガントック王国からも、すでに腕の立つ騎士や兵を相当に融通してもらっていた。これ以上となると、
「徴兵になるぞ……いかにガントックとはいえ、これ以上は……」
レクサーンが低い声を発した。離反されかねない。
(それに、徴集したところで数百が限度! 焼け石に水だ……)
「では、急ぎ諸侯からできる限りの兵を……」
奥歯を噛むレクサーンにリムスカール伯爵がそうささやいたが、レクサーンは黙りこんだままだった。今時期から農村は繁忙期で、畑起こしから植え付け等の作業が山積みとなる。そこを無理に人を集めても、兵はすぐ離散する可能性があるし、ウルゲリアが滅んだ今、ただでさえ食糧不足で帝国は喘いでいる。帝国第2の食糧庫であるチィコーザであっても、これ以上の農村の疲弊は絶対に防がなくてはならない。
(……どうすれば……)
王を含め、自然と視線がストラに集まった。
彫像のように直立不動だったストラが、
「オネランノタル」
「なんだい、ストラ氏!」
待ってましたと、子供ほどの背丈のオネランノタルが、テーブルの上に浮かびあがった。
「新たに魔像兵を製作してください」
「魔像兵……!!」
「魔像だと……!」
一同がまた響動めき、かつ騒めいた。




