第18章「あんやく」 3-16 雁股
馬上で侍大将が房鞭を振るや、雁股という先端がY字やU字の刃物になっている3本の破魔矢がうなりを上げてアルーバヴェーレシュに迫った。
「!?」
エルフの超感覚で攻撃を察したアルーバヴェーレシュが魔法防御壁を展開しつつ余裕で避けた。が、避けた先に猫顔の式鬼がいて、アルーバヴェーレシュに切りかかる。
その斬撃をかわしつつ、アルーバヴェーレシュが思考行使の魔法の矢で牽制する。さらに背後からもう1体の式鬼が刀で襲ってきたので、振り返りざまに攻撃力が数倍増になっている小剣を叩きつけた。
ところが、式鬼がいきなり防御に徹して分厚い防御壁を出したものだから、攻撃を相殺されたアルーバヴェーレシュが弾き返され、体勢が崩れて空中に流れた。
そこに正確に3本の矢が到達したので、アルーバヴェーレシュが魂消た。2体の式鬼が、矢の到達点にアルーバヴェーレシュを誘導したのだ。
ありったけの魔力で防御壁を展開し、3本の矢を次々に弾いた。
その硬直したアルーバヴェーレシュに、左右から式鬼が刀を振りかざして迫った。
「ずぁあああ!!」
右手のシンバルベリルが光り輝き、凄まじい放電を行った。レモン色であるから、一般的な戦闘では相当以上の威力を発する。
しかし、式鬼どもが呪符をばらまき、その電撃を半分以上も吸収してしまったので、地上に降り注いだ電撃の威力も半分以下だった。雷に打たれて倒れ伏した兵士もいたが、10人ほどだ。
そして電撃の合間を縫い、術後で硬直しているアルーバヴェーレシュめがけ、再度式鬼が刀を振りかざした。
歯を食いしばり、アルーバヴェーレシュが遮二無二火炎を放って牽制しつつ、その攻撃を避けた。とにかく、紙切れの式鬼は、攻撃力は凄まじいが防御力はそれほどでもなく、特に魔法の火と水に弱いはずだった。
だが、この2体はその自らの弱点を知っており、火炎を防ぐ呪符を袖から出して防ぎつつ、的確にアルーバヴェーレシュを斬撃で追い詰めた。
そこに、二の矢が飛んできた。
雁股の飛ぶ独特の音で気づき、アルーバヴェーレシュがそちらに気を取られる。
とたん、背後と上から白刃が迫った。
回転しながら後ろの刃を小剣ではじき、頭上へは左手からシンバルベリルの魔力を活かした熱線を拡散ビーム砲めいて放射状に放った。
真上の式鬼が防御符でその熱線を防ぎつつ、アルーバヴェーレシュめがけて目つぶしの閃光を放った。
(しま…!!)
まともにくらい、視界がホワイトアウトする。
一瞬だが、動きが止まった。
その一瞬で、矢が到達する。
二の矢のうちの1本が、常時展開している魔力防御壁を破魔の力で突破。アルーバヴェーレシュの左肩に突き刺さった。
刹那、雁股の鏃がズバッ!! っと矢ごと半回転して爆裂するようにアルーバヴェーレシュの肩の肉を水平に抉り、血肉を弾いて切り裂いた。人間だったら、骨まで削られて肩から腕が切断されていたかもしれない威力だった。
「……!!」
悲鳴をあげる間もなく、剣の柄を咥えたアルーバヴェーレシュが右手で咄嗟に肩を押さえ、できるだけの魔力で強引に治癒魔法をかける。
そのまま、一目散にキレットと合流しようとした。
(すまん、ホーランコル!)
痛みを感じる余裕もなく、アルーバヴェーレシュが急いだが、その間に式鬼が回りこんで立ち塞がる。
さらに、あわてて方向を変えた先に、また3本の破魔矢が到達したので今後こそ空中捻りで避けた。
そこを上下から式鬼の斬撃が遅い、魔法で反撃もできずに防御壁で防戦一方となる。
同じシンバルベリル持ち巫女戦士であるゲーデル山岳エルフのエーンベルークンや、フィーデン洞窟エルフのプラコーフィレスと異なり、アルーバヴェーレシュは同等のシンバルベリルを所持しつつ、明らかに練度不足で、その大魔力をまったく活かせていなかった。
加えて、巫女戦士は基本単独行動なので、パーティ戦にもまだ不慣れだった。仲間を意識している間に、自分が追いこまれている。
その不利な状況を嫌というほど味わっているのだが……これでは、実戦本番で味わっている間に、死んでしまう。
(なんたること! ゲーデルエルフの面よごしだ!!)
防戦しつつ、シンバルベリルの大魔力をもってなるべく早く左肩を治そうとしたが、ただの切り傷や矢傷ではなく、肉が抉れ裂け、衝撃で骨近くまで血管や筋、腱ごと破魔札の魔力で爆裂している。下手をすると、傷がふさがっても左腕はもう使えず巫女戦士は引退だ。
その焦りもあって、まったく敵に対処できなかった。




