第18章「あんやく」 3-15 まずい
「すごい迫力だな!」
楽しそうにホーランコルが叫んだ。
「呑気なこと云ってる場合か!」
アルーバヴェーレシュが、歯を食いしばってわめいた。
「まともにやって、いいんだな!?」
ただのバケモノの群れではない。正規軍だ。とはいえ人間の一般兵が300程度なので、アルーバヴェーレシュがシンバルベリル全開の本気でやれば、1/3から半分近くはやれる。キレットとネルベェーンの広域魔獣召喚が発動すれば、壊滅せしめることもできる。問題は、そのあとだ。ストラが、イェブ=クィープを正式に敵に回すことになる。ルートヴァンの指示もなく、まともに戦ってよいものか。撤退戦のほうが良くないか。
「フン……我々を襲う時点で、イェブ=クィープは魔王様に敵対している! いまさら何を迷う!? アルーバヴェーレシュ!」
ホーランコルが決然とそう云い、アルーバヴェーレシュがニヤッと笑った。
「分かった」
魔力を受けて輝く小剣を逆手に構え、ルートヴァン直伝の飛翔魔法で鳥のように飛び立った。上空から、猛烈な速度の魔法と魔法剣で攻撃する。
ところが。
「……ウワッ!?」
そのアルーバヴェーレシュを、先ほどの2人の式鬼が左右から襲撃した。
よく見やると着物の柄も左右対称で、ネコの眼の黄色と青のオッドアイも左右対称だった。着流しに刀を抜きはらい、片や右八相、片や左八相に構えて高速で宙を舞いながらアルーバヴェーレシュに追いつき、攻撃する。
それが、これまでの化け物カモメの群れや百鬼夜行の妖怪どもとは比較にならない強さで、完全にアルーバヴェーレシュと互角だった。
これでは、地上の兵士を攻撃できない。
(しまった……!!)
敵も然る者。アルーバヴェーレシュ対策を打ってきたのだ。
ホーランコルに兵士が群がる。
キレットとネルベェーンの術の発動まで持つのか!?
その2人にも、何十人もの兵士が向かった。
「ホーランコルゥウウーーーッ!!」
アルーバヴェーレシュが雷撃の魔法を発動しようとしたが、式鬼が左右同時に斬りかかってそれを邪魔する。
雷撃の方向を向かって右の一体に変えたが、電撃がほとばしる前に左の斬撃がアルーバヴェーレシュに届き、それを小剣で受けるのが精一杯だった。そこへ右が空中で上をとりつつ大回転斬りを見舞った。
魔法防御の楯が作動し、直撃は免れたが、斬撃に押されてアルーバヴェーレシュが流された。
(クソッ! 紙切れのクセに!!)
そのころにはもう、ホーランコルに何十人という武装兵が群がっていた。
ホーランコルの魔法装備がフル稼働し、四方八方からの槍の強力な突きや猛烈な叩き打ちを防ぎながら、肉薄したホーランコルが1人、また1人と倒してゆく。ゲーデル山のトライレン・トロールと互角に戦える装備と腕前だ、足軽の20人や30人は相手にできる。
が、それが50人、100人となると、ホーランコル自身の体力が持たないだろう。
加えて、距離をとったキレットとネルベェーンにも50人ほどが殺到していた。
2人で大規模召喚術の発動は無理だった。どちらか1人は、直掩に入らなくては。
それでも、この数の戦闘兵を撃退するのは非常に難しい。2人は魔獣使いであり、一般魔法は冒険者としてそれなりのレベルでしか会得していない。近接戦闘では5人程度なら何とか相手にできるだろうが、50人は不可能だ。少なくともリースヴィル級のレベルが必要である。
(まずい!!)
それを上空から把握したアルーバヴェーレシュが、必死に援護に向かおうとするが、式鬼の攻撃が執拗かつ強力で、かかりっきりになった。
(まずいまずいまずい!! まずいぞ!!)
右の手首に、小さなレモン色のシンバルベリルが浮かびあがる。
それまでの数十倍にもなる、とてつもない勢いの魔力がアルーバヴェーレシュの全身から噴きあがり、グレーン鋼の小剣が白銀に輝いた。
まず火の玉が10発ほども周囲に現れ、一斉に地上に向かった。
数発は式鬼が同じく誘爆用の火の玉(に近い人魂の術)で迎撃したが、残りが地上で爆発し、兵士を吹っ飛ばした。
だが、既に散兵なので効果は散発的だった。
「あの精霊気を黙らせろ!!」
侍大将が叫び、近習する近衛部隊の何人かが強力な弓を用意した。イェブ=クィープの弓術は特殊で、人の背丈を越える竹と木の大型複合弓を自在に操る。さらに、その矢に部隊帯同の陰陽師の1人が素早く破魔の呪符を巻きつけた。
「放て!」




