第18章「あんやく」 3-14 追討軍
「よし、荒野へ出よう」
それを見送って、ホーランコルが宣言した。
残雪やぬかるみを踏みしめながら木々の合間を歩いて、4人は数時間をかけてイェブ=クィープの国境でもある森林地帯を抜け、無主地である荒野に入った。
魔術師たちが常に後方や周囲の魔術的気配を探知してたが、あの式鬼どもの気配は無かった。
同様に、魔物や他の怪物類の気配を探るのも忘れない。
風の強い荒野をそのまま歩き、夕暮れも近づいてきたころ、一行は風を避けるために大きな岩山の陰に入った。
「今日はここで休もうか」
ホーランコルが云い、みな安堵した表情でうなずいた。
「大公からの連絡はまだか?」
アルーバヴェーレシュがそう尋ねたが、位置を知らせるはずの伝達小竜は、ずっとホーランコルの荷物に入りこんだままだった。
「明日じゃないか?」
ホーランコルが答えた時には、キレットとネルベェーンが石を組んで簡易の竈を作り、魔術で火を焚いていた。
「そうだな」
アルーバヴェーレシュも納得し、適当に敷物をしくと火の前に腰を下ろした
魔法の背嚢から道具を出し、素早く鉄串を組んで鍋をかけ、泉で補給した清水を入れて湯を沸かした。乾パンや干し肉、干し果実などのいつもの糧食を人数分だし、みなで手早く食事を摂る。まるで戦場だが、ただの冒険ではなく逃避行なので、戦場と同じだ。
と……案の定。
警戒魔法がけたたましく鳴り、いっせいに立ちあがって武器をとる。
アルーバヴェーレシュが湯をかけて火を消し、熱いまま道具を背嚢につっこんだ。糧食は素早く食べるか、投げ捨てる。
「大人数だ!」
作業をしながらアルーバヴェーレシュが叫んだ。
ストラなら半径数十キロ、ルートヴァンなら数百メートル単位の警戒が可能だが、アルーバヴェーレシュやキレット達ではせいぜい数十メートルだ。それでも、一般的な警戒魔術では、かなり上級の部類である。ふつうは数メートルだった。
「やはり、待ち伏せか!!」
荷物を担いだホーランコルが、剣を抜いた。
「軍団だぞ!」
走りながらキレットとネルベェーンが叫んだ。2人は距離をとり、いつも通り広範囲魔獣召喚魔術に入る。発動まで時間はかかるが、全長が6~8メートルもある恐竜めいた狼竜の10頭も集まれば、100や200の兵では相手にならない。
そのため、アルーバヴェーレシュとホーランコルの仕事は、魔術師の直掩と時間稼ぎだ。これは、この強行偵察部隊のいつもの戦闘パターンである。もしホーランコルが勇者だったら、勇者パーティの必勝の型と云えた。
岩山から出たホーランコルとアルーバヴェーレシュが夕暮れに見たのは、しかし、匪賊めいた雑兵や軍閥の兵ではなく、整然と歩いてくるフル装備の戦闘歩兵だった。
イェブ=クィープ幕府の命により近隣の州の出した、追討軍だ。
「正規兵だぞ!!」
ホーランコルが魂消て叫んだ。正規兵の恐ろしさは、ウルゲリアの神官戦士出身のホーランコル、嫌というほど知っている。金で動き、録に戦闘訓練もしない無頼兵とは基礎戦闘力も違うし、装備も違う。何より戦闘の覚悟・意思が段違いだ。
「どうして、こんなところに……!?」
いくら無主地とは云え、正規兵が皇帝府の許可なく国境を超えるのはルール違反だ。そのため、各地の領主は無頼兵を使う。もっとも、かつて帝国に何度か訪れた戦国時代は、各国がそれを無視するのも通例だったが……。
それでなくとも、
「どうやって位置を掴んだんだ!?」
「あれを見ろ、ホーランコル!」
アルーバヴェーレシュが、指をさして叫ぶ。
「あんなところに、呪符のバケモノが!」
一行の位置を挟むように、離れた岩山の上にスラリとした体形で猫? のような顔をして長い刀を腰に差しているイェブ=クィープの着流し姿の人物が左右に2人、宙に浮いて立っていた。
「あいつらが、位置を?」
「だろうな!」
アルーバヴェーレシュがそう云ったとたん、
「あそこだ!! かかれえええ!!」
当世具足の武者鎧姿で毛長馬に乗った侍大将が房の付いた鞭を振りかざし、叫んだ。
たちまち雄叫びあげた軍勢が槍を構え、ホーランコルとアルーバヴェーレシュめがけて殺到する。200~300人ほどに見えたが、なんにせよ数人を相手にする規模ではない。




