第18章「あんやく」 3-12 荒野再び
その刺とヒゲだらけの竜の口元が、ニヤッと笑ったようにも観えたが、黄色く光ったギョロ眼を細めて、応竜がウネウネと夜空に上って行ってしまった。
それを呆然と、アルーバヴェーレシュとホーランコルが見送った。
「……なんだ、ただの魔獣ではなく、強力な魔族だったのか……どおりで強いわけだ」
アルーバヴェーレシュは、そう云うのが精一杯だった。
「よくそんなものを召喚し、操れましたね……!」
剣を納めたホーランコルも、感心しきりだ。
「操るなんて、とんでもない。向こうが面白がって、来てくれただけかと」
キレットが自嘲気味にそう云ったが、それは本当だった。
「本当にたまたま来たということか……運がよかったのだな」
アルーバヴェーレシュが放心しつつ、首を振った。小剣を納めて、
「幸運が続くとは限らない。今のうちに行けるだけ進もう。相手は紙切れだ、蟻がごとくにやって来るぞ」
アルーバヴェーレシュが云い、3人がうなずいた。
夜の闇を裂いて4頭の浮雲が飛び、やがて夜が明けた。進行方向の山あいの向こうから日が昇ってきて、とにかく東側に向かっていることが確認できた。
「少し、休まないか!?」
ホーランコルが速度を落としながら他の者と並走飛行して叫び、皆うなずいた。だが、眼下に降りるところを探してると
「見ろ、ホーランコル! 街道だぞ!」
山あいの隙間を縫うような小さな平野があり、街並みと街道が見えた。
「……ずいぶん兵士がいるな!」
ホーランコルも気づいた。
街道筋や、ささやかな村落に、ウジャウジャと槍を持った雑兵がいる。
一行が街道を通るのを警戒しているのは、明白だった。
「飛んできて正解だったな!」
アルーバヴェーレシュが、安堵したように云った。やはり、相手が正規兵だと魔物を倒すようにはゆかない。例え、1000や2000は倒せたとしても、だ。国を敵に回して勝てるのは、魔王だけだろう。
「休憩は我慢して、もう少し行こう!」
アルーバヴェーレシュがそう云い、逆光にまぶし気に銀の目を細めつた。
けっきょく、一行はそのまま昼近くまで飛び、当初目標にしていた「妙に尖った山」の稜線を越えた。
とたん、なだらかな丘陵と森と平野、そして遠くに目標である荒野が見えた。
タケマ=トラルに率いられ、狼竜で渡ったあのマートゥーやクァラ諸侯領と接する大荒野だ。
(来た時も、なんだかいろいろと敵がいたな……)
ホーランコルがそう思って、風に目を細めながら苦笑した。
「ホーランコルさん、あのあたりで休みましょう!」
キレットの声で我に返り、指をさしている辺りを見下ろした。
春先の雪交じりの景色に、5つ6つほどの湖沼群が現れている。
「よし、水を補給しよう!」
ホーランコルが叫び、アルーバヴェーレシュから順に浮雲を旋回させて、湖の畔に降り立った。
「イテテ……」
竜から降り、ホーランコルが腰を押さえる。
あの、イアナバの高級宿で受けた按摩が既に懐かしい。
「冷たい水だ」
泉に手を入れ、水筒に新しい水を補給しながらネルベェーンがつぶやいた。
休息中でも、3人は魔力の動きを探るのをやめない。
「特に、問題はないようだな……」
アルーバヴェーレシュも水を補給する。
そこで、上空を燕のように旋回していた伝達小竜がホーランコルの肩に止まった。
「ホーランコル、聴こえるか」
「殿下!」
ちなみにホーランコル達は、いまだルートヴァンが代王に即位したことを知らされていない。
さらにちなみに、ストラが影の魔王を倒したことを受け、夏前には正式にヴィヒヴァルン王に即位することとなった。それは、初めてルートヴァンがストラと出会った日に合わせる。
「かなり荒野に近づいているようだが、状況はどうだ?」
「ハ! 敵の執拗な魔術による追っ手も撃破し、いま荒野の手前の泉で休息中です。しかし、イェブ=クィープ上空の風が強く、かなり南に流されていると思われます」
「そのようだな……僕の術では、おおざっぱな位置しか特定できん。聖下であればよいのだが……聖下はいま、チィコーザなのだ」
「えっ……!?」
意外な状況に、4人が驚いた。




