第18章「あんやく」 3-11 応竜召喚
「多いぞ!」
ネルベェーンがボソリとつぶやき、
「だが、逃げたところで追ってくるだろう……やはり、逃げるにしても半数以上は潰さないと……!」
ホーランコルがゴクリと唾を飲む。
「相手が紙きれなら、やりようはあるぞ!」
昼間の戦闘で何かコツをつかんだものか、アルーバヴェーレシュがほくそ笑みつつ、そう云った。
「まかせていいのか!?」
「いいぞ、3人とも私を補佐してくれ!」
「よし!」
アルーバヴェーレシュが魔法の小剣を逆手で抜きはらい、低く構えてグレーン鋼に魔力を送る。初めはゲーデル山岳エルフの髪や瞳と同じ白銀、そしてそれが次いで青白く輝き、対魔攻撃力が+500以上にもなる。
さらに、その魔力を水の効果に変え、俄かにアルーバヴェーレシュの周囲に波が沸き起こった。その波濤が押し寄せるように、アルーバヴェーレシュが低い飛翔魔術で吶喊する。
「ズゥアアアアア!!!!」
光り輝くうねり狂った、水属性となった魔力の大波が百鬼夜行を飲みこみ、火の魔物は一撃で消滅、その他の魔物も紙が濡れて形が崩れて流された。
空中に舞っている魔物や水系の魔物、さらにこの威力の水系攻撃に耐えられるパワーを備えた魔物だけが大波を逃れ、ホーランコルに迫った。が、その数は一気に1/3ほどが減っている。
「流石だ、アルーバヴェーレシュ!」
会敵したホーランコルが容赦なくヴィヒヴァルンの宝剣を振りかざし、叩きつける。+100やそこらの対魔効果にすらビクともしない式鬼どもも、+160ともなれば一撃で焼き裂かれ、紙が燃え上がって塵となった。
空中では、空を舞う式鬼どもとアルーバヴェーレシュが死闘を繰り広げている。
燕のように舞い、小剣をアルーバヴェーレシュが次々に叩きつけつつ、雷撃の魔法を周囲に振りまいた。どちらかというと直撃ではなく拡散させたので、周囲の式鬼が一斉に感電し、焦げて身体の一部が燃え上がった。
だが、威力的に焼き尽くすというほどではない。
怯んだところを、キレットの召喚したこの地方の攻撃的な竜の一種である応竜が襲いかかった。大蛇のように長い身体に凶悪的な牙と爪、それに風と雷を呼ぶ鋭く長い翼を持つ強力な魔獣かつ霊獣である。
キレットとネルベェーンの召喚術は、野外では無作為に術をかけつつ、周辺にいる適切な魔獣で召喚に応じたものがやって来る。つまり、この場合の応竜も「たまたま」やって来たのではあるのだが……この恐るべき怪物は、イェブ=クィープでも1、2を争うバケモノだったのが幸いした。
「なんだあ!?」
あまりの突風とバリバリと輝く電光に、アルーバヴェーレシュも思わず戦いを中止した。全長が50メートルはある細長い……と、云っても、胴体の太さが3メートルはあるだろう巨体に、これも3メートル近い刺とヒゲと角だらけの長い顔がついていて、暗闇に稲光を映す大きな目玉がギョロギョロと式鬼どもやアルーバヴェーレシュ、ホーランコルを見据えた。さらに上級の竜である黄竜や青竜になると翼が消えるのだが、応竜には鋭く細い翼があった。その翼から旋風が巻き起こり、旋風が稲妻を発している。
「とんでもない魔力だぞ!!」
アルーバヴェーレシュが叫んでたまらず着地し、ホーランコルと合流した。
「あんなものまで操れるのか!」
アルーバヴェーレシュは、改めてキレットとネルベェーンの秘術に驚嘆した。
「とにかく、下がろう! 巻き添えを食うぞ!」
ホーランコルがそう云って、小柄なアルーバヴェーレシュを庇うようにその場から離脱する。
式鬼どもにとっては、たまったものではない。紙切れの本体を呪力で支えているだけなので、それを上回る呪力(霊力、魔力)に曝されると、たちまち肉体も術式も崩壊する。旋風が唸りをあげて式鬼たちを巻きこんで切り裂き、稲妻が呪符を焼き払った。
残っていた式鬼も、アッという間に全滅した。
「……こいつは、すごい……!」
ホーランコルが感嘆し、照明魔法の中で悠々と夜空を舞う応竜を見あげた。まるで、大型の水族館で巨大水槽を見あげる子供のようだった。
「キレット、ネルベェーン! こいつをずっと使えないのか!? こんな用心棒、そうはいないぞ!」
そう云いながら、アルーバヴェーレシュが息せき切って、キレットとネルベェーンに駈け寄った。
「それが……」
キレットがやや困惑したような顔で、アルーバヴェーレシュと上空の応竜を交互に見やる。
「珍しき召喚者だったゆえ、物見遊山で来ただけよ。用が済んだら帰るわえ」
脳内に響くような重い声がし、アルーバヴェーレシュが魂消て応竜を見あげた。




