第18章「あんやく」 3-10 式鬼
(なるほど、そういうことか……!)
西方流魔術の、式鬼だ。イェブ=クィープの流派はバーレとはまた少し異なるが、かなり類似している。
「呪符のバケモノふぜいが!!」
ゲーデルエルフも、呪文の書かれた御札を使う。が、あくまで「おまじない」だ。これほどまでの物理的効果を出す秘術は想像もつかなかったが、
「しょせんは札キレだろうが!」
アルーバヴェーレシュが得意の魔法の矢を雨あられと打ち放ち、さらに魔法剣を振りかざした。次から次に巨大カモメが撃破された。
「こりゃ、出番はないな!」
急行しながら、ホーランコルが笑ってしまった。
それでも、2匹がアルーバヴェーレシュの攻撃を逃れ、ホーランコルに迫った。
近くで見ると、鳥と竜を合わせたような怪物だった。翼に鋭い爪があるし、嘴にもノコギリめいた牙が並んでいる。ギョロリとした赤い眼が、不気味にホーランコルを見据えた。
その水かきのついた足にも黒い鉤爪があり、引き裂くのと叩き落とすのと同時に攻撃できた。
大きな翼で急ブレーキをかけつつ、バケモノカモメめ、その足で正確にホーランコルを蹴ろうとする。
負けじと浮雲竜も4枚の翼をひねり、急制動から器用に方向を変え、宙がえりでバケカモメの上をとった。
いかに魔術で乗っているとはいえ、ホーランコルに馬ではありえない方向と威力の荷重がかかり、乗竜が未経験なら失神しそうになる。
「うおおおお!!」
気合を入れ、腹に力をこめながら、真上から浮雲をカモメの背中にぶつけて、ホーランコルが魔法の剣を振り下ろした。
+80もの攻撃力と+160の対魔法効果が炸裂! 首筋から背中を切り裂かれたバケカモメ、そこから風が吹きこんで、風船か張り子が裂けるようにしてバラバラになって空に散った。
「ゲァアアア!!」
もう1匹のバケカモメが不気味な声で鳴きわめき、
「クゥルァアアア!!」
浮雲も甲高い声を発した。この不思議な竜が鳴くのを、ホーランコルは初めて聞いた。
そして、浮雲が口からバリバリと電撃のような細かな緑のプラズマを発した。
バケカモメがとそれをまともに浴び、焼け焦げながら痺れて動きを止めた。
だが、そのまま倒すほどの力ではなく、肩からぶつかるようにして浮雲がカモメに接近、ホーランコルが一撃でカモメの首を叩き落とした。
たちまち、強風にグシャッと潰れて、バケカモメがどこかへ飛んで行った。
「やったぞ!」
気がつけば、20ほどもいた式鬼のバケカモメは全滅していた。
「我々の出番は無かったな」
迂回しながら様子を見ていたキレットとネルベェーンも、胸をなでおろした。
飛翔魔法から見事に浮雲に移り乗ったアルーバヴェーレシュも合流し、少し進んでから休息のため着陸した。
浮雲をいったん離し、警戒しつつ夜まで休んでキャンプする。
「まだまだ来るぞ」
着火魔法で焚火を起こし、アルーバヴェーレシュの魔法の背嚢から出した干し肉や堅パンの糧食をあぶって齧りながら、打ち合わせを行う。
「西方魔術の魔物が、か?」
アルーバヴェーレシュの言葉に、ホーランコルがそう云った。
「そうだ」
「だろうな。あんな張り子みたいなのが、本物の魔獣も真っ青の攻撃力なんだからな。しかも、元は紙切れなのだろう?」
ホーランコルがキレットに尋ね、
「そのようですね。我々の魔術とは、根本から異なる法です」
「少なくとも、あんな規模やそれ以上の攻撃が連日連夜襲ってこられたら、いかに我々でもいつかは力尽きるだろう。急いで、殿下の魔法の船との合流地点まで向かわなくては……」
云っているそばから、警戒魔法がけたたましい音を立てた。
「クソッ、さっきの攻撃で、位置を掴まれたな!!」
4人が、一斉に立ち上がった。
アルーバヴェーレシュとキレットの探知魔法に、今度は100近い軍団がひっかかった。全て人間ではなく、式鬼だ。百鬼夜行である。
「こりゃまた、ずいぶんと分かりやすいのが来たな!」
ネルベェーンの照明魔法に照らされた形状不明のバケモノの群れに、ホーランコルが叫んだ。キレットとアルーバヴェーレシュも照明魔法を放ち、広範囲が明るくなる。その魔法の光の中に、大小中の赤鬼、青鬼、バケカラス、カラス天狗、大蜘蛛、大百足、大蝦蟇、大蛇、大山犬、家具・道具の変化したもの、あとは雲のような白いモヤモヤ、水の塊、火の塊等々、あとはもう説明できない名状し難い魔物が続々と浮かびあがった。




