第18章「あんやく」 3-7 浮雲
「なにィ!?」
「畏れながら、相手は仮にも魔王の手下。魔王を敵に回すのに……幕府に知らせず、すべてタケマ家の内々ごととしてやってかまいませぬか?」
「貴様が気にすることではない!! 立場をわきまえよ!!」
「ハハァー!!」
と、平伏しつつ、トラル、
「身共は、連中の戦いを観たので御座る。あの精霊気の女は、恐るべき魔法と魔法の剣を使い、山下嵐3頭を瞬く間に膾に! さらにあの南部人の魔獣使いどもは、マートゥーの軍閥兵数百を相手にする恐るべき魔獣を数多呼び出して戦わせました! そのような奴らへ、雑兵をいくら出しても無駄死に。幕府の眼にも触れましょう。タケマで客として招いておいて、返す手で討伐とあっては、反タケマ派にいらぬ腹を探られる口実も与えましょう。ここは、タケマの精鋭を集めつつ、幕府にも内々に協力を仰ぎ、兵を出して街道筋を固めさせるのが肝要かと」
「何様のつもりだ、貴様ァ!! 控えおろう!!!!」
「ハハァー!!」
と云いつつ、上役、
「御上には、そのように奏上仕る。追って神妙に沙汰を待て」
「ハッ……!」
タケマ=トラル、今度は大げさではなく、静かに平伏した。
やや時間は戻り、飛翔魔術でイアナバを脱出したホーランコル一行は、夜が明けると適当な山中に降り立った。
アルーバヴェーレシュの術では4人を国境まで飛ばすのは困難であり、また速度もそれほどではなかったので、目立つというのもあった。
「さて、これから東のどこに向かえばいいんだ? 大公からの連絡とやらは?」
少し疲れたアルーバヴェーレシュが、ちょうど残雪から顔をだしている岩に腰かけて云った。
ホーランコルが周囲に気を配りながら、
「もう少し行かないと、連絡は来ないと思う。キレット、ネルベェーン」
「もう少ししたら来る」
ぶっきらぼうにネルベェーンがつぶやき、
「おい、まさかまたあの三つ首のバケモノじゃないだろうな!」
アルーバヴェーレシュが顔をゆがめた。
「いや、時間が欲しいので、危険だが飛んで脱出する」
ホーランコルがそう云って、今度は空に気を配る。
「もう少し、開けたところに移動するか」
頭上は、やや木々が密集してた。
「そうだな……」
ネルベェーンが周囲を見渡し、
「あの丘に行こう」
雪の積もった白く小高い土地を指さした。
「目立つんじゃないのか?」
アルーバヴェーレシュが、そう心配した。
「何が来るか知らんが、魔獣が来たら急いで丘を登ろう。それまで、近くで隠れているんだ」
ホーランコルの指示にみなうなずき、かんじきをつけて移動を開始。ザグザグと氷雪をふみしめ、ぬかるんだ落ち葉に滑り、丘の手前まで来た。
「追っ手は来てるか?」
ホーランコルが、感覚の鋭い3人に尋ねた。3人がほぼ同時に首を振り、
「今のところは来ていない」
アルーバヴェーレシュがそう云った。
「しかし、魔術の痕跡を追えるのは、魔術的な追手です。遠からず、必ず来るでしょう」
キレットが厳しい表情でそう云たっとき、
「こっちが先に来たぞ!」
ネルベェーンが林より出て叫んだ。
ホーランコルが見ると、不思議な飛竜が4頭、丘の上を旋回していた。不思議というのは、翼が4枚、尾が2本ある。首はひとつで、後ろ脚もあった。
山下嵐のように4本腕なのかと思いきや、飛竜類特有の前足の翼のほかに、通常の竜類特有の背中の翼がある。両方あるのだ。
従って、2対の翼は肩と背中で、段違いについている。しかも、前足翼のほうが少し大きい。遠目に見ると、巨大な蜻蛉にも思える。
「イェブ=クィープの竜か!」
ホーランコルが驚いた。
4人には名前を知る由もなかったが、イェブ=クィープでは浮雲と呼ばれている固有種だった。
濃い藍色の身体は6メートルほどで、中型種だった。オウムのような丸まった顔と大きな眼が、どこか愛嬌があった。次々に丘に飛来し、
「行くぞ!」
ネルベェーンが走る。




