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第18章「あんやく」 3-6 緊急脱出

 ホーランコルが起き上がり、襖を開けて、奥の間に控えている使用人(兼見張り)に、


 「仲間と打ち合わせをしたいのだが」

 「御待ちくだされ」


 折り目正しく正座で礼をした下級武士がどこかへ行ってしまい、待てど暮らせど戻ってこなかった。しびれを切らせたホーランコルが勝手に出歩こうとすると、先ほどとは異なる下級武士がそれを止めた。


 (さては、すでに動きがあったな……)


 ホーランコルがそう思い、密かに出発の準備をしつつ、散歩がてら狭い中庭に出て大声で歌い始めた。ウルゲリアの民謡というか、滅亡したウルゲリアでかろうじて残った東端のノラールセンテ地方の都フィロガリで流行っていた大衆歌だ。


 「な、何事ですかな?」


 困惑した見張りの下級武士たちがタケマ=トラルを呼び、いまや目付役となったトラルが飛んできた。


 「ホーランコル、どうしたね」

 「天気が良いし暖かいから、歌のひとつもうたいたくなってな」


 笑顔でホーランコルがそう云ったが、クァラ地方で出会ってより、ホーランコルが歌を歌う場面など見たこともなかったトラル、何かを察したような表情かおとなった。


 「トラル、世話になったな」

 「む……」

 「これからも、いろいろ教えてくれるかね?」

 トラルが小さく息を飲んだ。


 「内容によるかもな」

 「そうか……楽しみだ。ところで、立ち塞がってくれるなよ」

 「何の話か分からんが……それは命による。御互い、そう云う立場だろう」

 「そうだな」


 「いまのところは、拙者は皆さんの世話をするだけだ。ああ、そういえば、急に背中が痛いな……疲れているのかな」


 トラルが急にそう云って、顔をしかめて腰や背中を叩きだした。ホーランコルが微笑みながら、


 「疲れているのだろうさ。今日はもう休んだらどうだ? 温泉にでも入って……」


 「すまんが、そうさせてもらおうかな……イタタ……なんだ、やたらと腰が痛いな」


 トラルがそう云って庭先から部屋に戻り、

 「だ、大丈夫ですかな?」

 「急に痛み出した。本当に痛い。今日はもう休む。後を頼んだぞ」


 心配する下級武士たちにそう云って、腰を曲げながら本当に長屋に帰ってしまった。


 (タケマ=トラル……かたじけない。さらばだ)

 ホーランコルが、しみじみと心中で礼を云い、別れを告げた。

 その夜……。


 アルーバヴェーレシュの強力な催眠魔術が、屋敷の見張りを容赦なく眠らせた。


 ホーランコルの妙な歌は、予めうち合わせていた緊急脱出の合図だ。

 ホーランコルの部屋にキレットとネルベェーンも集合し、


 「殿下から連絡があった。イェブ=クィープが、魔王様に敵対するかもしれん。とにかく脱出せよと仰せだ。東の国境に、魔法の船が迎えに来るそうだ。詳細な場所は、随意連絡が来る」


 「東の国境って……ここは、イェブ=クィープの西の果てだぞ!」


 暗闇で思わずアルーバヴェーレシュがそう云ったが、不敵な笑みを浮かべていた。


 「なんでもいい、とにかく脱出する!!」


 「とにかく脱出であれば、手段を選んでいる場合ではないな……私の飛翔魔法で、まずは街を出よう。山中に入ってしまえば、魔獣を使えるだろう」


 アルーバヴェーレシュの言葉に、キレットとネルベェーンもうなずいた。

 「よし、それで行こう!」


 アルーバヴェーレシュが全員に飛翔魔法をかけ、ホーランコルの部屋より夜空に飛び立った。


 タケマ=マキラが皇帝と接触し、ホーランコル達の捕縛か殺害を命じたのは、翌日の午前中だった。


 タケマ=トラルはしかし、それから5日間、腰痛で寝こんでいた。

 


 ようやく腰の痛みが引いたとしてタケマ=トラルが出仕し、今の上役の目付役に対面した時、すでに大規模な追手が手配されていた。


 「御主が職務怠慢で寝こんでいる間に、魔王の手下どもはどこまで逃げおおせているか知れたものではない。腹を召すことも覚悟せい」


 しかしトラルは平に詫びをしつつシレッとして、


 「しかしながら、腰の痛みは如何ともしがたく……なにせ、急に……皆様も御経験が御座りましょう」


 確かに、この上役もぎっくり腰をやったことがあるので、それは理解できた。

 「とにかく、勅だ。いそぎ魔王の手下を討伐せい!」

 「ハハァー!!」

 深く畳に額を擦り付けつつ、タケマ=トラル、おもてをあげ、

 「……ところで、それは、タケマの名で?」

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