第18章「あんやく」 1-5 救世事業
「反魔魂……例の、異次元より現れた敵を、その世界に強制的に返すという……」
ルートヴァンは、以前、マーラルよりその話を聞いたのち、シラールに詳細を確認していた。
「そうだ」
「そうですね……そこから探らなくてはなりますまい」
ルートヴァンが、渋い顔となった。
だが、ルートヴァンやマーラルは、ストラが帝都の地下で皇帝や特任教授、皇帝騎士達と協力し、数百年ぶりに現れた特に強力な侵入者を撃退するのに一役買ったことを知らない。これに関しては、第13章のラストに記してある。
(スタールに相談してみるか……ザンダルでは、無何有の出来損ないを含めた各種の魔薬を、特任教授や皇帝騎士に流しているというからな……こんな手は使いたくなかったが、背に腹は代えられん)
そんなルートヴァンを見やってマーラルが、
「ま、急がなくてもよいとまでは云わんが、焦らずやることだな。イェブ=クィープにいる御仲間には、連絡をしたのかね?」
「しました。極秘伝達魔法で……」
「代王の術なら心配はいらないだろうが……イェブ=クィープも、古代の秘術が山ほど残っているところだ。バーレが滅んだ今、帝国西部は、すべてイェブ=クィープの支配下にあると云ってもいい。侮れないぞ。タケマ=ミヅカ殿の出身地だからな」
「いかさま」
「なんにせよ、いまはペッテル公女だけが頼りだ……」
珍しく深刻な表情で、マーラルが嘆息を繰り返す。
「マーラル殿も、あの回廊に入れるとよいのですが……ペッテルから通行の鍵をもらっても、入られないので?」
「おそらくだが……タケマ=ミヅカ殿は、私があそこを通ることを想定していないのだと思うよ。ずっと会ってないし……」
「そうは云いましても、ペッテルが許可を与えた者は、ペッテルと同じ通行権を得られるとのことですが」
「力を失ったとはいえ、私も元魔王だ。魔王は入れないんだと思うよ。単純に。地下書庫に影響を与えるかもしれないしな。ストラ殿も入れないと思うよ」
「なんと……」
「隠し回廊を通らず、強引に押し入れば、それは別の話だろうが……騒動は必須だ。意味が無い」
「いかさま。しかし、そのようなことが?」
「そのようなも何も……私ら帝国西方の術や法……禁術というのは、そういうものなんだよ」
「そういうもの……?」
「『魔王が書庫に入ることを禁ずる』。それが術だ。それ以外でも何でもない。実に単純にして、強力だ。だから、破るのも裏をかくのも難しい」
ルートヴァン、いまいちピンと来なかったが、
「ま、そういうものなのであれば……そうなのですね。では、ますますペッテルに期待するしかありませんな」
「なに……あの半魔族の公女を味方にしたのは、天祐というものだ。期待に応えてくれるだろうさ」
「いかさま!」
「で……世界固定の法が見つかるまで……当面、我らが魔王様にはどうしてもらうのだ?」
「それは……聖下の大御心のままに。とはいえ、いま下手に動かれても困りますので、御願いは奉りますが……」
「なるほど。だが、大方針は決まったが、明日にでもストラ殿で世界を固定する法が見つかるなどと云う淡い期待は、誰も持ち合わせていない。下手をすれば、数十年……百年単位の話になるぞ……」
マーラルのその言葉に、その場にいた全員が息をのんだ。が、
「覚悟のうえですとも。ヴィヒヴァルンが責任を持って、事業を遂行します!」
ルートヴァンの言葉に、マーラルが、内心、うなずいた。
(ほう……作戦や計画ではなく、事業と云い切ったな。確かに、救世といえば聞こえがいいが……何をするにもカネがかかるし……食い物もいる。人もいる。物資も……長丁場では、それらを得るために、国を救世のために根底から作り変えねばやっていけん。事業にもなるだろうさ……。とはいえ、慈善事業ではいずれ底をつく)
マーラルがルートヴァンやシラールを鋭く見やり、
「できるのかね? この国で」
ルートヴァンもシラールと眼を合わせ、うなずいて、
「やって見せると云っているのですよ」
「意気ごみはわかったよ。現実の話だ」
「事業計画の説明を、この場でお望みで?」
「フフ……わかったわかった。それは、御任せするとしよう。私の出る幕じゃない……」




