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第17章「かげ」 3-19 元の世界に

 「それに……」

 マキラがそう声を続け、ホーランコルは息を飲んで注目した。


 「賢明なるルートヴァン公は、すでに御気づきとは思うが……タケマ=ミヅカ様と、イジゲン魔王様では、同じ救世でもやり方が異なろう。タケマ=ミヅカ様の御代は、現代いまより何倍も魔力が濃く……そのせいで、魔族や魔物、魔王も現代いまよりはるかに強力であった。タケマ=ミヅカ様はそれらを随時御倒しになり、世界の魔力を薄めるとともに、倒した敵の魔力を御自ら利用し、最後の戦いにおいてはその溜めこんだ魔力を使って神に御成りあがられた。しかし、いっさいの魔力を御遣いにならぬというイジゲン魔王様では、同じ法はとれまいて」


 「ハ……」


 そこまでの話となると、もうホーランコルでは理解不能だ。ルートヴァンと、話し合ってもらわねば。


 「あ……あの……お、畏れ乍ら……へ、陛下におかれましては、何卒、イジゲン魔王様と御接見いただき、ルートヴァン大公殿下と御会談あそばされ、と、共にこの世を救われたく……」


 ホーランコルは、深く礼をしてそう返すのが精一杯だった。

 タケマ=マキラは無表情でホーランコルを見下ろしていたが、


 (すなわち、イジゲン魔王が他の魔王をいくら倒そうと、まるで意味のないこと。今からでも遅くないから、イジゲン魔王を元の世界に戻し・・・・・・・……新たな救世者を探すほうが良いだろうて)


 その考えは、口に出すことは無かった。無表情のまま、


 「では、まずイジゲン魔王様が来られるのを待つとしよう。ルートヴァン殿は御忙しいようだが、なんとか都合をつけて来てもらいたい。そのように御伝えなされ。タケマ=ミヅカ様がこの国でどのように暮らしてったかは、誰ぞに説明させよう」


 そう残し、マキラが糸で引っ張られたように立ち上がった。トラルを含め、一行がまた畳にぬかづき、それを見送った。

 


 祭祀王との謁見を終えた一行は、幽体離脱したかのようだった。特にホーランコルはショックが大きかった。トラルに案内された休憩所がわりの小間で、


 「……どのように殿下に御伝えすればよい? 教えてくれ」


 胡坐でしばらく頭を抱えていたホーランコル、涙目で3人に向かってそう云った。


 「私はこの中では新参なので、話がよく分からなかったんだが……」

 アルーバヴェーレシュがそう前置きして、


 「あの女王は、魔王様が命を懸けて他の魔王を倒しても、世界は救えないだろう……ということを云いたかったのか?」


 ホーランコルは言葉を詰まらせ、代わりにキレットが、


 「そういうことでしょう。それに、今となっては世界に魔王がどこにどれだけいるのかも、よく分からないようですね」


 「なんだ、そりゃ……ルートヴァン大公の話とぜんぜん違うじゃないか。おいホーランコル、どうなっているんだ」


 「分からんよ! オレなんかに、分かろうはずがない!」

 「開き直るな!」

 アルーバヴェーレシュがそう云って、銀毛の眉をひそめた。

 「まあまあ御一行……左様なことは、我らごときが悩むことでもありますまい」

 障子戸が開き、茶と茶菓子を自ら盆にのせて現れたトラルが、そう云った。


 火鉢を避け、皆の前に正座で座ったトラルが、配下の持っていた茶瓶の湯を用いて手早く人数分の煎茶を淹れ、羊羹と共にふるまった。


 黒くて四角いものを見やって眼を白黒させていた一行、

 「甘い菓子にて」

 トラルがそう云って楊枝で羊羹を切り、口にしたので真似をする。

 「本当だ、甘い! 何でできてるんだ? この菓子は……」

 驚いたアルーバヴェーレシュが訪ねた。


 「小豆豆と寒天と砂糖にて」

 「豆!? 豆なのか、これは!?」

 アルーバヴェーレシュがそう驚いたのち、

 「それに、カンテンってなんだ」

 小声でホーランコルに尋ねた。


 「知らんよ」

 ホーランコルも眉をひそめて答えた。

 「なんにせよ、甘いものは心が落ち着きます、トラル殿。有難う御座います」

 キレットがそう云って微笑み、珍しくネルベェーンも微笑みを見せた。

 ホーランコルも大きく息を吐き、


 「そうだな。落ち着こう。我らは、余計なことを考えずに、ありのままを報告するしかないのだろうな。それが、我らが先遣隊の使命だ」


 大きめに切り分けられていた羊羹をひと口に食べてしまった。

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