第17章「かげ」 3-17 イアナバ政庁
ホーランコル、それではトラルも二重の君主に仕えているのでは……? と思ったが、この国ではそれが許されているのかもしれず、余計なことは云わなかった。実際、
「タケマの者は、暗黙裡にそれが許されているので御座る」
トラルがそうフォローし、ホーランコルは納得した。
「もっとも、度が過ぎると解雇されますがね」
「ま、そうだろうな」
「その時は、イアナバでしばらく働く他はありません」
「ふうん……」
そのためにも、巡礼の手順を複雑にし、雇用を創出しているのだろう。
(なんだかんだと、うまく考えられているんだな……)
ホーランコルが、通りの両側に並び建っている様々な店を眺めて感心した。店でニコニコしている者の中にも、一時的に仕事を失った元工作員や戦士などがいるのだろう。
通りはそのまま石造りの緩やかな大階段になり、山の中腹にある壮大な神殿に向かっていた。年寄りや足の悪いものでも登れるように、かなり山肌を削って作られている。
一行は、その途中から分かれ道に入った。
分かれ道と云っても大きな通用門があり、衛兵が4人も立っていた。4人ともトラルを見やるや深々と御辞儀をし、音をたてて門が開かれた。
「こちらにて」
トラルの案内で一行が門を通り、また厳重に閉められた。
やおら風が強くなって、雲が出てきた。と思ったら、雪が降り始めた。
大きな木々の合間に作られた曲がりくねった道を歩いて、一行はゆるゆると山を登った。
すると、町からは巧妙に木々や山肌で隠されて見えない場所に、巨大な建築物が出現した。
イアナバ政庁である。
さらに山の奥に、タケマ宗家の巨大な屋敷がある。
本殿、政庁、宗家屋敷の3つの施設を中心に、その他の複数の施設を含めた山全体を「神祇庁」と呼んでいる。
なにより一行が驚いたのは、ここまでくる街並みの全ての建物に加え、神祇庁にある巨大なものからそこやの小屋のようなものまでの全ての建物が「木造」だったことだ。およそ石造りの建築部が無い。文化の違いもあるだろうが、
(加工に適した軟石材が無いんだろうな……)
ホーランコルの発想ではそうなった。
アルーバヴェーレシュも、むしろ眉をひそめて政庁を見あげていた。ゲーデル山岳エルフの里も建物は質素な木造だったが、大きくても村長の家や集会所程度で、高さは6メートルくらいだ。この政庁は、巨大な瓦屋根付きで、おそらく高さが40メートルほどもある。
「首が痛くなった」
アルーバヴェーレシュが、そんなことを云って首の後ろをおさえた。
「そもそも、こんな巨大な建物を建てる柱は、どうなっている?」
アルーバヴェーレシュにそう尋ねられたタケマ=トラル、
「柱? ……いや、普通にありますが?」
「普通に? どうやって作ってるんだ?」
「どうやって……と、云われましても……その、普通に木を切って、丸太にしていると思いまするが」
「木を切って丸太に??」
「??」
「??」
互いに不思議そうに、アルーバヴェーレシュとタケマ=トラルが見つめあった。
これは、気候の関係でゲーデル山一帯には「巨木」が存在しないからである。アルーバヴェーレシュにとって、こんな巨大な建物を支える柱が1本の巨大な木から作られるという発想がない。方法は分からないが、何百本分もの木材を加工して組み合わせ、巨大な柱を作ったと思ったのだ。
「ま、とにかく、入りましょう」
トラルがそう云い、一行を政庁の大きな玄関口に案内した。この宗教都市、そして宗教地帯を管理する何十人もの役人が忙しなく出入りし、いちいちトラルに礼をして、トラルも立ち止まって礼を返すので、なかなか進まない。
「面倒くさい土地だな」
アルーバヴェーレシュがホーランコルへそんな率直な感想を漏らし、ホーランコルが苦笑して口に指をあてた。
一行は玄関で履き物を脱がされ、いつも通り湯で足を洗い、そのまま木板を並べた床に上がった。大きな建物だが、中は様々な部屋に仕切られ、役人たちが畳に座って机に向かい、筆で書類を書いていた。
ちなみに、平野であれば御殿式でだだっ広い1階建ての建築物になるが、山あいなので天守閣めいた高層階の大きな建物になっている。
ひたすら階段を上り、最上階に到ると、大広間に到着した。おそらく最上階はこの広間と付随する小部屋しかないのだろう。
トラルと同じく裃姿の何人もの役人がいて、一行を出迎えた。




