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第17章「かげ」 3-16 27か所巡礼

 すっかり夜が明けてからホーランコルは部屋に戻り、また例の浴衣のような衣服を着ていると、また異なる柄の豪奢な着物を着た女将が朝食に呼びに来た。


 昨夜と同じ部屋に通されると、これも昨夜と同じくもう他の3人が席についていた。みな同じような半分呆けた感じだったので、ホーランコルが苦笑する。


 「この宿にいると、あらゆる緊張感や使命感がぬけてゆく。恐ろしいところだ」


 ホーランコルがそう云い、他の3人も神妙に顔をゆがめ、あるいは同じように苦笑した。


 「さて、頂こうか」


 シンプルな具のすまし汁、香の物や三菜ほどの小鉢のおかずで粥飯を食べた。ただの白飯より食べやすいだろうという配慮だった。オートミールなども食べている東方人にとって、粥はまだ食べなれた食感だった。


 それらを遠慮なく平らげ、部屋に戻ると旅の装束がすっかり洗濯そして補修されて部屋に用意されていた。たった1日で見違えるようになっていたので、みな驚いた。


 それに袖を通したころ、タケマ=トラルが迎えに来た。

 宿のロビーのようなところで、

 「やあ、休めましたかな?」

 「おかげさまでね」


 タケマ=トラルもすっかり身支度を整え、見るからに身分の高い者と謁見する装束(紋付に裃)に身を包んでいたので、ホーランコルが、


 「……ひげくらい整えればよかったかな……」

 と、無精ひげの伸びたアゴをさすった。


 「なんの、皆さまはそれでよろしいのです。さ、参りましょう。タケマ=マキラ様が御待ちで御座る」


 「すまん、トラル殿……我ら、良く分かっていないのだが……その御方は、この国のなんなのだ? おまえさんの仕える主人は、別なのだろう?」


 「ま、それは、行きながら簡単に。少し歩きますゆえ」

 トラルが女将に軽く会釈をし、宿の者が総出で一行を見送った。



 宿を出て通りを歩いてると、朝から巡礼者が続々と市内のあちこちを練り歩いていた。一行は物珍しそうにあるいは驚愕をもってジロジロと見つめられたが、タケマ=トラルの姿を認めるや、深々と御辞儀をして特に何事もない。トラルの紋付にある「タケマ家の紋」を観てのことだ。


 「どうして、みなバラバラの方向に歩いているんです?」


 キレットが不思議そうに尋ねた。巡礼というからには、みな一行と同じところに向かうのではないのだろうか。


 「分かりやすく云いますと、イアナバ内で順に拝む場所が定まっておりましてな。27か所を順番に回ることになっていて、最後に、いま我らが向かっている本殿になります」


 「に……27か所も回るんですか」

 キレットを含め、ホーランコルらが驚いた。


 「なかには、周囲の山々の霊場や、あの岬の向こう側の社殿もありましてな……ようするに回れば回るほど霊験あらたかというやつでして」


 「それに、それだけこの土地に滞在して金を落とさせようと?」

 アルーバヴェーレシュの声にタケマ=トラルが苦笑しながら、

 「ま、左様にて」

 とだけ、答えた。


 一行は27か所も回る必要がなく、まっすぐ最終目的地であるタケマ大神殿とイアナバ政庁を兼ねている神祇庁へ向かった。


 神祇庁はイアナバの中心を貫く通りの山側にあり、人びとが行き交い、様々な店がひしめいているメイン通りは海まで通じている。都市構造としては、鎌倉に近いだろう。


 大通りを歩きながら、タケマ=トラルが先ほどの質問に答えた。


 「およそ1000年の昔、救世の大英雄にして神に御成りなされたタケマ=ミヅカ様を輩出したタケマ家は、その後、当時の当主が帝国成立までにイェブ=クィープを一気に統一いたしましてな。古代の大王となりました。御存じとは思いまするが、その後、第6代の神聖皇帝も輩出したので御座る。しかし、そのころがタケマの絶頂期でして……その後は、内紛とイェブ=クィープ内での失政により急速に力を失いまして……」


 「ほう」

 ホーランコルが興味ぶかげに、トラルの話を聞いた。


 「それでも、神の家系であるタケマを滅ぼそうとした勢力はさすがにありませんでな。タケマ家は祭祀を司どる存在として、実質、この国を治める家に権威と正統性を与える役目に落ち着きました。それが、およそ700年前。いまの幕府将軍家のハヤサ家は、4代めの将軍家にて」


 「それは、珍しい支配体系だな。実権と神権と、二重の支配構造か」


 「帝国でもここ・・だけでしょうな。その後、我らタケマ氏族は内紛により実権を失った反省で、氏族内の争いをいっさい禁じ……宗家を中心に、拙者のごとき最末端まで、およそ200の分家筋が大なり小なり……ま、中には宗家へ疑問を持つ家もありまするが……それでも、陰に日向に、宗家を盛り立てているのです。ゆえに拙者も、公儀に仕える身ながら、時には宗家のために働くというわけで」


 「はあ……」

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