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第17章「かげ」 3-8 山下嵐

 アルーバヴェーレシュがキレットに訪ね、キレットが無言でうなずいた。2人の召喚術は、魔獣を指定して呼んでいるわけではない。無作為で周囲にいる魔獣を強制的に召喚している。もっとも、2人が帝都でフリーの魔獣使いをしていたころは、南部大陸から連れてきた魔獣をほとんど飼っているような状態だったので、常に同じ魔獣を使っていたのだが。


 その夜のうちに2人は召喚魔法を行使し、翌日はかなり早朝に宿を出発した。


 周囲に誰もいないことを確認して、街道の途中から素早く山道に入った。そこは猟師も利用している小道だったので、すでに足跡が多数ついており、侵入を誤魔化せた。


 「もっとも、マーガル一族であれば、我らの足跡が猟師のものとは異なることを見抜くでしょうが……そのころには、魔獣に乗ってトンズラという寸法ですな」


 楽しそうにタケマ=トラルがそう云い、先頭を歩いた。


 1時間も歩くと、その猟師のつけた足跡もすっかりなくなってしまい、膝近くまである新雪をかきわけて、どんどん山に入った。何の考えもなくただ山に入るのは単なる遭難行為だが、


 「来たぞ」


 斜面を斜めに進んでいると、木々の合間よりふいに一行の前に5頭の魔獣が現れた。


 「うおっ!」


 タケマ=トラルが魔獣を見やって驚いた。てっきり冬も活動する竜の仲間だと思っていたが、先日、隠し里を襲った3つ首、6本腕の大熊だ。それが5頭である。


 「こ……こいつら・・・・に乗れと!」

 明らかに、先日の狼竜ベゲットとは異質な乗り心地だろう。

 「乗るのも魔法なので、落ちませんよ」

 キレットがそう云ったが、

 「そういう問題では……」

 タケマ=トラルは困惑を隠せぬ。

 「ちなみに、このバケモノは、ここいらでは何と呼ばれているんだ?」


 隠し里でこの3つ首の大熊を瞬く間に3頭も倒したアルーバヴェーレシュ、5頭が唸り声をあげて眼前にいても余裕だった。


 「山下嵐ヤマオロシですよ」

 「ヤマオロシ?」


 「1頭でも村1つを亡ぼすような、当地では竜に匹敵する魔獣です。ふだん群れないので、先日の3頭でも度肝を抜かれましたが、5頭とは……しかも、それに跨がれとは畏れ入りました」


 「そうすると、隠し里を襲った連中も、3頭を調教していたなんてすごいことだったのだな」


 何気なくホーランコルがそう云って、タケマ=トラルは声を高めた。


 「そうですよ! 本当に驚いたし、みな死を覚悟しました! それを、アルーバヴェーレシュ殿が……」


 アルーバヴェーレシュは肩をすくめ、

 「ま、そんなもん・・・・・だよ。さ、乗ろう」

 右手を上げると、1頭が伏せたので首の後ろから器用に跨った。

 「おおっ……」


 それを見たタケマ=トラルが驚嘆の声をあげ、次々に山下嵐ヤマオロシに乗る仲間を見やった。


 「タケマ=トラルも早く乗りなされ!」


 ホーランコルに云われ、意を決して、タケマ=トラルも真っ黒くゴワゴワした長い毛の密集する怪物の背中に乗った。


 ちなみに、獣と魔物の入り混じった、凄まじく独特の獣臭がした。

 「さ、案内を! 先頭はあんただぞ!」

 「分かってる!」


 タケマ=トラルが少し思念を送ると、山下嵐ヤマオロシが吠えたてながら雪をかき分けて険しい山を疾駆し始めた。



 この怪物の山岳踏破能力は凄まじいもので、長く力強い6本の脚でどんなに深い雪原、岩山、急峻な崖、激流の川、どこでも突き進んだ。本来ならその背中に人などとうてい乗ることができるものではないが、そこはそういう魔法・・・・・・であり、背中の長い毛を手綱のように掴んで落ちることは無かった。


 だが、先日、荒野の雪原を抜けた狼竜ベゲットと異なり、山坂を急激に上ったり下りたりを繰り返しているので、数時間も進むとキレットとネルベェーン以外の3人はすっかり乗り物酔いを起こしていた。乗馬訓練により、毛長馬リャドフにはいくら乗っても酔うこともないホーランコルとタケマ=トラルですらそうなのだから、基本的に動物に乗る習慣のないアルーバヴェーレシュは山下嵐ヤマオロシの上で気絶してしまった。けして振り落とされない魔法なので、そのまま揺れながら突き進んでいるのを後方のキレットが気づき、


 「タケマ=トラルさん、止まりましょう! 休憩です!」

 それに気づいたホーランコルも、

 「止まれ、タケマ=トラル! 休息だ!!」

 そう叫んだ。タケマ=トラルがすぐに気づいて、山下嵐ヤマオロシを止めた。

 そのまま転がるように雪の中に落ち、豪快に吐いた。

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