第九十六話『心、海上にて浮かぶ』
【ながみ視点】
アンリさんの傷口に包帯を巻いていく。
【形状変化】【回復】【変熱】……そして【水浮】を付与した私特製の水耐性ふとん包帯である。
粘着性も付与してあるし、
きっとこれであれば、荒れ狂う海の中でも早々剥がれることは無いだろう。
船の中で酔いに耐える片手間に作成しておいた、新たなふとん技の一つである。……名前はまだ無い!
「しかし、アンリさん。なんか見た目変わったな?
体とか足とか目とか……もしかしてイメチェンした?」
「いや、イメチェンで済ませられる変化じゃねぇだろ?!」
うーむ、キレのあるいいツッコミだ……
空飛ぶふとんの上で横になっているアンリさんの叫びを聞いて、満足し頷く。
きっと、アンリさんはボケよりもツッコミだろうと踏んでいたのだが、どうやら予想通りのようだな!
そんなことを考えながら応急処置を進めていく。
その間はしばらく沈黙が続いていたが、私としては気まずいなんて事はない。
むしろ普通に集中して処置を進めることが出来ていた。
「よーし、出来たぞアンリさん。
相当傷が深かったから、処置遅れてたらワンチャン死んでたぞ?次からは無茶するなよ?」
「あぁ……それはよく分かってるが……」
アンリさんの肩を軽く叩いて、そんな事を口にする。
いつも無茶する私が言うことでは無いのかもしれないが、まぁこのぐらいのお小言は言ってもいいだろう。
アンリさんが何か考え込むように、私を見つめる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……なんかナガミ、性格変わったか?
前とは明らかに話し方とか変わった気がするんだが?」
「いや、私は変わっていないぞ。
どちらかと言えばアンリさんが変わっただけだ」
「はぁ、アタイが……?」
そう、私は別に変わってない。
強いて言えば、普段からアンリさんに使っていた敬語を使わなくなったぐらいだ。
ずっとまどろっこしいと思ってたんだよなぁ。敬語で話すの。
「だけど、アタイは姿ぐらいしか変わってないぞ?
ナガミはなんか対応とか口調とかめちゃくちゃ変わって……」
「ふむ……私は友人にしかタメ口は使わないからな。
だから、私が変わったのではなくアンリさんが変わったのだよ」
「───ッ……!それは……その、なんというか……」
アンリさんの私を見る目が、"客員"から"友人"へ変わった。
立ち振る舞いとか雰囲気とか若干の違いしかないが、しかし明らかに変わっている。
───私が海から助けた瞬間。
手を伸ばしたあの瞬間に、アンリさんは私のことを友人と認識してくれた、と思う。
……これは完全に勘だけどな。違ったら恥ずかしさで切腹するところだったが、アンリさんの反応的に当たっているだろう。
「くっそ、めっちゃ恥ずかしいこと言うじゃねぇかナガミ……
アタイはちょっと、あれだ……あの、友人とかのあれは……あれだから……」
「アンリさんは私の事友人だと思ってないのか?」
「い、いや……まぁ、思ってるけども……!」
───よし、これで言質取れたな。友人確定である。
アンリさん、戦闘訓練の時から微妙な反応だったから苦労したよ……
昔からこういう人の機微だけは何となくわかるのだが、乗船三日目辺りはなんか客員と友人が混ざったみたいな対応だったから敬語を使うかすごく迷ったなぁ……
だから、敬語とタメ口がごちゃごちゃになったりして凄くめんどくさかった。意識して敬語にするのは大変だった。
つまり、友人としか腹割って話出来ない超面倒臭い系コミュ障の私にとって、優しくない状況だった訳だ。
しかし、それもここまでであるっ!!!
「というわけで、これから友人として対応するから。
───宜しくなアンリさん?」
「……そうかよ。都合のいい考え方だなッ!」
「顔赤いぞアンリさん?」
「うるせぇよ!そんなことより早く対策立てるぞッ!」
アンリさんがゆっくりと腰を起こす。
平常を保とうとしているが、その顔は明らかに赤らんでいる。
デレだな。何とも可愛らしいことだ。
私はにやにやとアンリさんを見つめる。
「お前、そのにやけ顔をやめないと殴るぞ……?」
「はいはい分かった分かった。照れてるのがバレて恥ずかしいんだろ?可愛いなーアンリさん?」
「いや、違ッ───」
「で、その対策っていうのは、アンリさんは具体的に何かあるのか?無いなら私が即席で考えたやつがあるぞ?」
「……はぁ。うん、うん。
落ち着けアタイ。大丈夫だ、まだ大丈夫……」
眉間を抑えながら、アンリさんが目を瞑る。
頬はぴくぴくと引き攣っていて、今にも口角が壊れそうだ。
いったいどうしたのだろうかー?
雨に当たりすぎて風邪引いて、頭でも痛くなったのかなぁ?
それは大変だなぁ……こんな場所で動けなくなったら死確定だもんな?直接的に命に関わる問題だぁ!
さっきも海のど真ん中で動けなくなってたもんなぁーーーー?
それも、嵐の海上で!腹にでかい傷負いながら!
───まぁでも、一人で突っ走ったアンリさんが悪いよなぁ……?
最初っから私が居たら、雨避けの布団天井ぐらい出せたもんなぁァァァァ?全く、困った友人だなぁァァァァァァ?!
そんなことを考え、"笑顔"でアンリさんの方を見やり、暖かな感情(怒)をアンリさんへ向けて送り続ける。
「……」
「……」
すると、アンリさんは気まずそうな顔で視線をずらした。
その間もひゅうひゅうと吹き荒れる風が、私たち二人を揺らしている。
私の長い髪が吹き荒れてすごく邪魔である。
オマケに濡れているせいでひっついてとても邪魔である。
邪魔の二乗だ。邪邪魔魔だ。
そんな中で、アンリさんはしばらく気まずそうに俯く。
「……」
「えっと、ナガ……ひっ……!?」
そして、数秒後ゆっくりと顔を上げ私をチラリと見た。
その瞬間、アンリさんは一気に顔を青ざめさせて、小さく叫び声をあげてしまった。
たぶん髪が逆立ったりして姿が凄まじい事になっているのはわかるが……解せぬな。割と解せないな本当に。
「あの……ごめんって、マジで。
謝る。心の底から謝るからそんな姿しながら真顔で見ないでくれ……!
今夜ぜったい夢に出るってそれ……超怖ぇよ……!」
「……本当だな?今度から一人で突っ走らないな?」
私の言葉に、アンリさんの動きが止まる。
そして、私の目をしっかりと見つめて口を開いた。
「───あぁ、約束する。
これからは誇りとか役割とか一人で結論出す前に、ちゃんと仲間に相談するよ……アタイも、正直後悔してたし」
その様子はとても真摯に、真面目に伝えようとしているのが分かるものだ。
とても真っ直ぐに、自らの過ちを自覚しているというのが一瞬で伝わってきた。
……
まぁ、このぐらいにしといてやるか。
"他人に力を借りる"ということの大切さは、私も最近知ったばかりだし。
アンリさんも、海の中で色々考えてたみたいだしな。
誰に言われずとも、自分の心の中で相当反省していることだろう。
うーん、ここに来るまでに溜め込んできた私の感情たちよ。
どうやら君たちとはお別れせねばならないようだ。
「ほんと、悪かった……」
アンリさんは意外と頭がいいからな。
自分のことは自分で考えることが出来る大人だったらしい。
もう誰かが何かをしてやる必要は無いだろう。
「まぁ、でも……」
───それはアンリさんの失敗についての話だ。
ゆっくりと息を吐く。
空から落ちてくる激しい雨が、私の身を冷ましていく。
きっと、独りでこの中へ飛び込んでいくのは、相当の覚悟が必要だっただろう。
きっと、死ぬほど心細くて恐ろしかっただろう。
それを肌で感じながら。
私は、アンリさんをぎゅっと抱きしめた。
「……っ。ナガ、ミ……?」
「アンリさん。お疲れ様。良く一人で頑張ったな」
アンリさんの肩がびくりと震える。
私はそれを落ち着かせるように、背中を叩いて優しい言葉をかけた。
……普段こういうことをするキャラではないが、今回は特別である。
今は、疲弊した心を休ませなきゃいけないだろう。
「ギルさんが心配してたぞ。帰ったらすぐに謝ることだな」
「あぁ、分かってる。ごめん。
……いや、ありがとな」
私の耳元にアンリさんの声が聞こえる。
その声は、震えているようで寒そうで……
しかし、緊張や悲しみで張り詰めたものでは無い、安堵の感情が溢れているようだったのが何となく伝わってきた。
降り注ぐ雨とは違う、静かで暖かい雫と共に。
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