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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第二章

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第九十四話『黒い海の中で』


【アンリ・ルーイエ視点】


 前に進もうとする身体が後ろへと引き摺られる。

その力はとても強く、海の覇者たる魚人族(ディープ・ワンズ)の能力を持ってしても敵わない程の圧力だった。


 これはクラーケンが生まれた時から獲得しているスキル【乱流】によって発生した、その身体を覆い尽くす大きな渦潮によるものだろう。

その渦潮に流されまいと尾ヒレを動かしながら、私は思わず悪態をつく。


『チッ、思ったより流れが強ぇな。ちっとも前に進めねぇ』


 流れが強いということは、確実にクラーケンへと近づいているという証でもあるが……それにしても規格外の強さである。


 渦潮に巻き込まれた海中の漂流物が凄い勢いで飛んできやがるせいで、既に身体中ズタボロだ。

身体変化によって鱗が生えてなかったら今頃死んでるだろう。


『───魚人族(ディープ・ワンズ)の種族特徴には、ずっと手を焼いてきたんだが……今になって助けられるとはな。』


 人生なにが好転するか分からないもんだ。

普段は差別の対象であっても、こと、この環境においては値千金の価値があるだろう。


 はぁー。

差別やら衝動やら、ここまで耐えてきたかいがあったなー?よく頑張ったアタイ。そしてこれからもっと頑張れアタイ。


『……しかし、このままじゃどうやってもジリ貧だな』


 なんてったって、クラーケンの渦潮には"毒墨"が混じっているのだ。時間をかければかけるほど状況が悪くなるのは間違いない。


───視界に広がる黒い海を横目に、思考を回す。


 アタイがまだ船員だった頃に、一度だけクラーケンと戦った経験があるが……その時でもここまで黒くはなかった。


せいぜい視界が少し濁る程度のものだったと記憶しているのだが。


 しかし、今回は全てが暗黒に染まってしまっている。

そのせいもあって、海流を流れ来る漂流物の回避すら出来ない始末だ。



───昔、船乗り仲間に聞いた話を思い出す。



 なんでも、クラーケンの墨の黒さというのは強さに直結するらしい。

墨の色が濃いほど本体の魔力が高く、含まれている毒の強さも凶悪になっていくとの事。


───となれば、あとは簡単な話だ。

 アタイが今目指している奴は、前に戦ったクラーケンとは比較にならないぐらい強い、ということである。


"海の怪物"という名前はよく聞いていたが、まさかこれほどまでとはな……


『……いや、こんな事考えてる場合じゃねぇな。

アタイがやるべきことは怪物の顔面ぶん殴るだけだ』


 魚人族(ディープ・ワンズ)にしか聞こえない"振動"で、そんなことを呟く。


───ハハッ……

考えを口に出してしまう悪い癖、まだ直ってなかったんだな。

故郷にいた頃はよく母上に注意されたもんだ。


 ちゃんと女の子らしくしなさいだとか、言葉遣いに気をつけなさいだとか、色々言われたよなぁ。

だが、女の子らしくなんて土台無理な話だ。アタイはアタイだからな。生まれた時からの船乗りである。


……おっといけねぇ。


 また関係ないことを考えてたぜ。

実感はないが、きっとアタイも緊張してるんだろう。


まぁ……そりゃそうか。



───おそらく、アタイはここで……



『……はぁ。だめだ。駄目だな。

独りになると、どうも辛気臭くていけねぇや』


 "振動"ですらため息を吐くなんて、アタイも相当やられてんな?


人族形態での暮らしが長すぎて混ざっちまったんだなぁー。


それぐらい、地上が楽しかったんだな。



……ハハッ。おもしれぇや。



船長だからとか、カッコつけて独りで出てきた癖に。



船乗りとして〜……なんて、ギルに講釈たれた癖に。



今になって、



───ここに来て視界が歪むなんて、笑えてくるぜ。



もっと、もっとアイツらと馬鹿やりたかったな……



……



……



『嗚呼、大いなる"ƈΔɦτꪇɮɦτꪇ"様の御加護が在らんことを……』



 ちくしょう。


 まさかアタイが、一番嫌いだった神ってやつに祈りを捧げる事になるとはな。


───だが、ここまで来たらもう誇りとか関係ねぇよな。


縋れるもんには縋っとかなきゃ損ってもんだ。



『……』



……うむ。


今のアタイ、ギルに言ったことと真逆の事言ってんなぁーーー?



 はぁー。やってらんね。

マジで腹立つわ。何なんだよアタイ。何がしたいんだよ。

お前、頭ちゃんと回ってんのか???



……



───でも、あいつに……

ナガミのやつに迷惑かけんのは、なんか嫌なんだよなぁ……何でだろうな?


───自分でも不思議だよ。全くよォ……



……まぁしかし、とりあえず"怪物"をぶん殴って、船から遠ざけて、海面に引きずり出して殺す。

ここまで来た以上引き返せないし、現状で出来るのはこれだけだ。


あとは、運に任せるしかねぇ。



だが、願うことならば……



『ねがうことならば、いきて……』




……いや。それは高望みが過ぎるな。忘れよう。



 それ以上は、考えたらまけだ。


そんなことを考えるより、アタイにはやるべき事があるだろう?



 願掛けも済ませたし、こころも落ちつかせた。



───しかいはもうゆがんでない。



 というわけで、現実逃避もそこそこにして……



『そろそろ本気出すかァ……!』



 魚人族(ディープ・ワンズ)の種族特徴のひとつ。


 魔力増幅器官である"魚眼"と"尾ヒレ"に、練り上げておいたありったけの魔力を込める。

すると、いままで暗黒に染っていた視界はパッと明るくなり……


───次の瞬間には、凄まじい速度でからだが前へと移動を始めた。


『ひゅうッ!魔力強化で速度良し、視界も良好!

練り上げるのに時間がかかっちまったが、これでようやくたどりつけるぜ!


───よっしゃあッ……テンション上がってきたぞッ!』



 いまなら、なんだって倒してやるよッ!


さぁ、掛かってこいや"海の怪物"ッ……!



 そんなことを考えながら、広い広い海を進んでいく。

行くべき場所は最初から分かっている。



 だから、あとは進むだけだ。




進んで、進んで、進んで……




前へと、進んで……




そして……




───それは現れた。




『グオオオオオオオオオオオォオオオ……………………』




 その一本一本が山脈の様にデカい触腕。



彼の身体そのものが大いなる海である……とでもいうくらい透き通った水色の皮膚。



身体には三対の巨大な目玉があり、海底の全方位全方面を監視するようにぎょろりと見つめていた。



強化された視界でさえ全貌が掴めないほど、大きな、とても大きな体躯をしている……



───"海の怪物"の姿が、そこにはあったのだ。



『……ハハッ!

こりゃあ、デケェな……いっそ清々しいよ……!』




……途端に冷え始める頭を、必死に奮い立たせる。



───考えるな。



───何も考えるな。



 考えたら、駄目だ。



考えてしまったら、きっと……



───これ以上、前に進めなくなる。



『しゃァッ!行くぞッッッ!!!』



───アタイが……


───仲間を、客を、みんなを護る……!



───いま考えるのは、ただそれだけで良いッ!



『アタイが、みんなをまッ───』


 その呟きを遮る、重い衝撃。


 それは自慢の鱗がボロボロに崩れ、内側の骨がひしゃげる様な恐ろしい一撃だった。


それと同時に、からだが凄い勢いで上へと昇っていく。


『……グ……はッ?……?!……………………………!?……』



そして、その感覚と反する様に


アタイの意識は


深い、深い


とても深い深海へと



沈んで……


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