第八十一話『約束』
【ながみ視点】
「うぁぁあああああぁぁぁぁぁあッ?!」
「い、いきなりどうしたんだカゲロウ?!」
頭を抱え倒れていたカゲロウが突如として立ち上がり、叫ぶ。
そして、そのままがむしゃらに真っ直ぐ走り去って行った。
その速度はレベルが私よりも低いとは思えないほどに速く、相当な勢いで巨門とは逆の方向へと進んでいく。
「あ、おいカゲロウ!ちょっと待……!」
私はその後ろ姿を見ながら少しの間唖然とした後、はっと気がついて声をかけるが……
しかし、カゲロウは止まらない、というか私の声が聞こえていないようで、既にかなり遠くまで距離を離されてしまっていた。
───くそっ、心配して見守っている隙を突く形で逃げられてしまうとは……不覚である……!
反応からして大丈夫だと思っていたんだが、まさか……
「いや、そんなこと考えてないで追いかけないと!」
「おい!待てながみィ!」
「グッ!?」
そんなことを考え慌てて走り出そうとしていた私だったのだが、いつの間にか背後にいたザック先輩に首根っこを掴まれて止められる。
い、息が……!
私はそのせいで服の首元が締まり、息ができない苦しみを味わい、必死に掴んでいる先輩の手を叩いた。
「ざ、ザック先輩、ぎぶ、ぎぶ!」
「ながみィ、よく聞けよォ……」
「聞く、聞くんで、はな、離してくだ……グッ……!」
「いいか、オレがあいつを追いかけるから、お前はギルドにでも行って休んでろ。いいなァ?!」
首……首が……!?
「じゃァ、行くぞォッ!」
ザック先輩はそれだけを告げると、私の首を離して駆け出した。その速度は修行で見せていた走りよりも何倍も速いもので、そうとう本気であることが伺える。
多分、カゲロウにやられたことが悔しいんだろう……
……いや、もしかしたら疲れている私に気を使ってくれたのかもしれないな。
まぁ、それにしたって首を掴むのはやめて欲しいが……
私はすごく痛む首元を撫でながら、走っていくザック先輩を眺める。
「きみの先輩は面白いねながみ?」
「ん?マキナか。
あぁ、あの人は多分刹那主義だからなぁ……」
後ろからやってきたマキナの問いかけにそう答えて、離れていくザック先輩の背中をぼーと見つめる。
カゲロウとの戦闘中もすごく楽しそうに戦っていたからなぁ……
おそらく【傲慢】の力で怯んでなかったら、たとえ負けそうだったとしてもザック先輩は私に手出しさせてくれなかっただろうし。
私的にザック先輩は、自らの楽しさを第一とした刹那主義を重んじている人だと考えて……
「いや、ざっくはんは刹那主義なんて大層なもんじゃないで?」
しかし、私がザック先輩の事を深く考察をしている所に、先程まで私を支援してくれていたみんながやってくる。
特にその中でも、ひっそりと魔法で攻撃してくれていたアーネさんがさも平然とした顔でそう声をあげた。
「ほほう!それはどういうことですかアーネ御師!」
そんなアーネさんに対して、シンがキラキラした目で見つめて問いかける。
「うむ、ざっくはんはなぁ……」
「はい、ザック御師はどういう人なんですか……?」
「ざっくはんはなぁ……ただの考え無しなんやで?」
「ザック御師が……考え無し……?!」
「へぇ〜!ザックししょうって考え無しなんだー!」
おぉう……ザック先輩、すごい言われようだ……可哀想に……
……でも、長いこと一緒にいるだろうアーネさんが言うんじゃあ、そうなのかもしれないしなぁ……?
私はやって来たみんなの会話を聞き、そんなことを考えて立ち竦む。
……別に、疲れすぎて動けないとか、そういう訳では無いぞ?
決してそんなことはないぞ!?
「ふふふ、皆様!
勝つことが出来て嬉しいのは分かりますが、とりあえず『灯火の剣』へと行きませんか?」
そんな私たちの元へ、向こうで何かをしていたルーチェさんとアキザさんがやってくる。
どうやら遠巻きで私たちのことを眺めていたようで、少しだけ口元に笑みが浮かんでいるのがわかった。
「あ、るーちゃんだ〜!もう準備終わったのー?」
「えぇ、わたくしが持ってきていた治療道具はまとめ終わりましたわ」
「そっかそっかー!良かったねー?じゃあ、門の方に戻るのー?」
「いえ……
ながみ様も疲れているでしょうし、それに外で戦っている皆様に送るための物資を持っていかなければなりませんので一度ギルドの方へと行きましょう?」
「そうだな、ゼーヴィント嬢の言う通りだぜ。
ナガミもクタクタだろうし、俺もヴァレント……ギルドマスターに話があるしな!」
この二人、向こうで何を話していたのかは知らないが、私のことを明らかに気遣ってくれている。
話があると言っているアキザさんの顔が、めちゃくちゃ横に逸れているのがその証拠だ……嘘をつくのが下手だなアキザさん。
「ルーチェさん、アキザさん……
私のことを心配してくれてありがとうこざいます」
平然としたルーチェさんと、明らかにとぼけた顔のアキザさん。私はそんな二人の気遣いが嬉しくて、深く頭を下げた。
「いえいえ、別にそんな……」
「お?流れからして冒険者ギルドって奴かな!?うわぁ、憧れてたんだよねー!行こ行こー!」
「……あんま騒ぐなよマキナ?あと、人話は遮ったら……」
「大丈夫大丈夫!わたしは配慮のできる良い女だからね!
さーて、どんなところなのかなぁ?
紙とかは普及してるのかなぁー?気になるなぁー!」
───こいつ、絶対大人しくするつもり無いな……
全く……いい雰囲気が流れていたというのに、こいつは本当に何処か抜けているな?
「はぁ……そういう訳なので、とりあえずみんなでギルドに行きましょうか」
「おー!ギルドに行こー!」
「ぐっ……離れろヌル。ぬるぬるする!」
私の言葉に反応して拳を突き上げ、アーレ君に抱きついたヌルを横目に私はギルドへと歩き出す。
その後ろを、私を助けてくれたたくさんの仲間たちが着いてきている。こんなに頼もしいことは無い。
まだ戦は続いてはいるが、それももう下火らしいし……
何より、敵首魁であろうカゲロウはもう居ない。勝ったも同然である。
「……」
───しかし、思い返せば、今日は本当に長い一日だった。
時間にして五・六時間程度しか経ってはいないが、町に残っている冒険者たちや援護の方々、みんな頑張っていた。
私の所属している救護班も、それはそれは忙しかったしな!
きっと、町の各地でそれぞれの戦いがあった事だろう。
その戦いで敗れてしまった人も、居ると思う。
だが、大規模な戦が起きたにしては戦場からの死亡報告もなく、被害は最小限に抑えられて……?
「───待て……あれは、なん……?」
目に入ってきたそれを視認し、呆然として呟く。
そして、自分の頭から血の気が引いていくのを感じながら、思わず走り出した。
疲れて悲鳴をあげていたはずの体のことすら忘れて、その場所へ……
───その、煙の立ち込める、ボロボロに崩れたギルドへと駆けて行くのだった。
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【ルミネ・ヨハネス視点】
「……まさか、ここまで足止めされちゃうなんてね。すごいよおねぇさん」
「……」
ギルドの壁にもたれて、目の前にいるであろう白髪の少年の声を静かに聞きます。
……いえ、本当は聞きたくはありませんが、もう耳を塞ぐような力でさえ残っていません。
「ねぇ、おねぇさん聞いてるー?」
「……」
私は最後の抵抗とばかりに、聞こえていた少年の声を意識しないように務めます。
はぁ……全く、情けない話ですね。
こんな体たらく、向こうにいる仲間たちに、町を守ったとは到底言えません……
───本当に、恥ずかしい限りです。
私は、薄れゆく意識の中、上がらない頭でギルドの床を見つめながらそんなことを考えます。
「ごフッ……」
「まぁ、聞いてても聞いてなくてもいいんだけど……
おねぇさんさぁ、ほんとによく頑張ったと思うよ?」
「……?」
「だって、僕と戦ってここまで疲れさせたんだからね」
何を言っているんでしょうか。
彼は、傷ひとつすら負っていないというのに……
私ができたことといえば、せいぜい魔力を削る程度。
「だから、それがすごいんだよね。わかるかなぁ……」
彼は何故か私を気にかけるような、変な声色で声をかけてきます。この人、何を考えているんでしょうか。
私が、こうして倒れていることが全てでしょうに……
「……いや、ほんとに誇っていいよ。
正直、おねぇさんの相手は相当めんどくさかったし。」
「───何より、"魂傀人形"の君が、ここまで人を……」
「って、こんな話してる場合じゃないや。
さっさと本来の目的を果たさなきゃいけないんだった」
……まさか、私が魂傀人形であることさえ知られていたとは。
最初から敵う訳はないと思っていましたが、完敗ですね。
「えっと、あれはどこに……」
……しかしそれでも、みんなが逃げられる時間は稼ぎました。
きっと今頃、職員のみんなや上にいるギルマス、そしてA級冒険者のジンさん達が応援を呼んでいるはずです。
彼の目的がなんだったとしても、きっと……
「あぁ、それね。
応援呼ばれると面倒だから、最初に眠らせといたよ?」
「……?な……にを……」
「だから、おねぇさんが戦っている間に逃げようとしていた人たちも、上にいる少しだけ強そうな人たちも、僕の魔法で眠らせてあるって言ったんだよ」
「……?」
「僕の、魔法で、眠ってるの。君の護ろうとしていた人たちは」
───え……?それって……?
「……あ、ァ……、!」
力を振り絞って、首をぐっと持ち上げます。
そんなはずはない。そんなはずはない……
きっと、ギルド職員達はマニュアルに従って、私が戦っている間に逃げているはず。
きっと、ギルマスも、ジンさんも、応援を呼びに言ってるはず。
「その証拠に、ほら」
……しかし、白髪の少年が見せてきたそれを、疑うことは出来ませんでした。
何故ならば、私が背後に戦っていたカウンター。
必死になって護ろうとしていたその場所に……
───砕けたそのカウンターの間から、床に倒れているみんなの姿が見て取れたからです。
「おねぇさん、助けが来ないのが不思議だと思わなかったのかなぁ?」
「な、なんで……なんで……!?」
「残念だったねぇ……君が護るために戦ってたの、無駄だったみたいでぇ……!」
「……いや、いやだ!そんなことない……!そんな……」
私は約束を守る為、この町を護るために……
だって、私は、このために……
命を……!
「───は……ハハッ!そうだよ、その顔が見たかった!
おねぇさんだけを残したのは、その顔が見たかったからなんだよ!
はははははっ……残念、残念だねぇ!
君の護ってたと思ってたもの、君の大事なもの、君が命を懸けて僕を止めたこと、全て無駄だったんだよ?!」
やめて……やめて!
言うな、言うな言うな言うな言うな言うな言うな言うな!
───私は、この町を護って、死んで……!
「えぇ〜?何言ってんの?
私がこの街を護った?ここにいた仲間を護った?
いやいや、君……
───ただの犬死にだよ?」
「……ッ!お、まえ……!ぉま、えは……許さ……」
───こいつ、こいつこいつこいつッ!
さっき私を気にかけたのも、私だけ眠らせなかったのも、私をここまで追い込んだのもッ!
全て、私の絶望した顔が見たかったから!?
こんな、こんな奴にッ!
私は、こんな奴に、こんなやつのために、命をッ!?
「はははっ、あ〜笑った笑った!
さぁーてと、あとは上にいるガキを殺せばおしまいだ!」
「じゃあね、おねぇさん!楽しかったよぉ……?ははははは!」
そんな声を聞いて、涙を流す私の、薄れていく意識の端。
こんなところで、終わる訳にはいかないって思ったから……
階段を上がっていく足音が聞こえて……
それに必死に手を伸ばして……
「あぁ……私は……」
私は、街を、護って……
「しぐ、れ……私は……約束を……まも……れ……」
ーーーそう呟いて、
私は糸が切れたように、ゆっくりと、地面に倒れた。
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