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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第一章

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第六十八話『防衛作戦︰十三時〜』


【───視点】


「おぉ〜、すごい範囲の魔法だね!」


 リザードマン達の行軍によって、踏みならされた大地が拡がっているグリム大森林の奥地。


 そんな場所に作られた、周囲の木々が円形に切り取られ少しだけ拓けたその空間で、隣に居る一人のリザードマンに語りかけるように白髪の少年は嗤った。


「……」


「くふふ……蜥蜴クン、このままだとお仲間の皆がやられちゃいそうだよ?」


 少年は切り株に座りながらにやにやと口元を歪めて、黙しているリザードマンを眺める。

その瞳は風化した血のようにどす黒い赤色をしていて、見たものを不安にさせるような得体の知れない気配を漂わせていた。


「ねぇ……聞いてるんでしょ?これから、どうするのぉ?」


 狂ったように明るい口調だというのに、底抜けな嫌悪感を覚える声。

そして、ねっとりと絡みつき、追い詰めるかのような語り口。


 それらに耐えられなくなったのか、隣に居たリザードマンが射殺すような視線を少年に向け口を開く。


「それ以上声を発してみろ、お前の首を飛ばすぞ」


 リザードマンはそう言って、いつの間にか抜いていた刀剣(ファルシオン)を流れるような動作で少年の首筋に当てつけた。


「うわぁ、怖いなぁ。口を開いたらどうなっーー」


───シュンッ……という静かな音が鳴り、ごとりと白髪の首が地に堕ちる。

リザードマンはそれを軽く鼻で笑うと、平然とした表情で刀剣(ファルシオン)についた血を払った。


「……もぉ、そんなにイライラしないでよぉ〜蜥蜴クン?」


 しかしリザードマンが納刀した次の瞬間には、元いた切り株の上に座っている少年の姿があるのだった。


「……相変わらず気色の悪いヤツめ。

お前、次に(われ)のことを蜥蜴と呼んだら、もう一度首を飛ばすからな」


 確実に首を斬り殺した相手が、何事も無かったかのように平然と存在している状況にも関わらず、リザードマンは少し顔を顰めるだけで驚くことは無かった。


 それどころか、リザードマンの言う通り正しく"気味の悪い"その少年に対して、酷く憤慨した表情で名前の訂正を念押しする始末である。

おそらく彼らはこのやり取りに慣れきっているのだろう。


「ハイハイ、わかったよ……。

えーと……カゲロウだったっけ?カゲロウだよね?」


 少年は面倒くさそうにしながらも、それを聞き入れる。


 そして、リザードマンの彼……カゲロウの名前を確認すると、それに対し無言の肯定をしたカゲロウに向かってニヤリと嗤い口を開いた。


「ねぇ、カゲロウ……何か蜥蜴達もいい頃合いっぽいし、何より暇だからそろそろ本格的に動くよねぇ?」


 少年はそのどす黒い赤の瞳をカゲロウに向けて、絡みつくような声色で愉しそうにそう言った。

そして、音も無くカゲロウの背後に移動すると、カゲロウの肩に腕を回してその顔を近づける。


……しかし、カゲロウはすぐさまその腕を振り払い、ついたゴミを落とすように自らの肩をはたいた。


「離れろ、気色悪い。お前らと友誼を結ぶ気など無いわ」


「なんだよ、こっちはこんなに歩み寄ってやってるのにぃー」


 少年は残念そうにそう言って片手で首をかくと、不貞腐れたように口を曲げる。


「でも、作戦は実行するよねぇ?」


 だが、不貞腐れたのも一瞬のことで、数秒後には底抜けに狂った笑顔でカゲロウに向けてそう言い放った。


そんな彼に、ただただ嫌そうな目線を向けるカゲロウ。


「……あぁ、もとよりこっちが本命である故、やらなければ意味が無かろう」


「そっかそっか!じゃあ、行こうか……」


 不祥ながらも自分の意見に同意するカゲロウを見て、少年は満足気な顔を浮かべる。

きっとカゲロウの嫌がっている様を楽しんでいるのだろう。


 そんな少年は、一呼吸おいてから、その口元をより一層の暗黒で染めあげて続く言葉を紡いだ。


「あの、たくさんの囮に目を奪われてる、馬鹿なヤツらの街へ……!」


───少年はその言葉と共に構築していた魔法を発動させる。


 それは、古の時代に失われたとされる『転移術式』による『転移魔法』


 魔法があるこの世界でさえも理解できないような、伝説にしか残っていない明らかな神の御業。


 その存在しない筈の『転移魔法』によって、白髪の少年とその隣に居たカゲロウは空間ごと消え失せる。

その跡地には、空間そのものが裂けたような亀裂。


 だが、『転移魔法』によってうまれたその空間の亀裂はすぐに元の形へ収束していく。世界がイレギュラーを修復したのだ。


───そして、空間の亀裂の端が、無くなる。


……最後に残された森の跡地は、異様なほどに静かだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【シン視点】


「魔法兵後退〜!魔法兵後退や!」


 アーネ御師の号令で、沢山の魔法を放っていた冒険者たちが急いで後ろへ下がっていきます。

拙者はそれを見て、とうとうこの時間が来てしまったのだと理解し、軽く息を吐いて心を落ち着かせようとしました。


「近接兵に告ぐ!自らの武器を装備し、所定の位置へと着け!」


 しかし、時というのは残酷なもので、小心者の拙者の事など待ってくれません。

無情にも拙者が精神統一を済ませる前に、指揮隊長殿からの号令が辺り一面に響きました。


「ぐぅ……大丈夫でしょうか……!」


───あぁ、緊張します……!緊張で胸が張り裂けそうです!


 拙者は持っていた弓を置いて、腰に携えた刀に手をやりながら、渋々事前の作戦で決められている位置に着きました。


ここで合ってますよね……?


いや、たくさん確認したから、きっとあってるはず……!


あぁ、でも間違っていたら……!?


「来るぞ!全員戦闘態勢ッ!」


───ッ!始まります!


隊長の合図の後に、第二の堀を超えて生き残ったリザードマンたちがやってきました!


えっと、一、二、三……大体二十程度でしょうか……?


当初進軍してきていた郡勢の、十分の一にまでその数を減らしていますが……


───ですが、油断は出来ません……!

なんたって、あの魔法の中を進んできた者たちなのですから……!きっと強いに決まってます!


だって、その証拠に……


「グぁッ……!なんだアイツ、皮膚が鉄のように硬ぇぞ!?」


「くそっ!お前ら、でかいヤツを全員で狙え!」


「いや、ダメだ!俺たちじゃ歯が立たねぇよぉ!?……ぐあぁぁあッ!」


 周りのリザードマンよりも、一際大きな体躯をしたリザードマン……おそらくはグレートリザードマンであろうそれに、次々と冒険者たちが薙ぎ払われていってます!


ッ無理です!あれは無理ですッ!拙者には無理だと思いますッ!


「さ、さてと……拙者は、周りにいる普通のリザードマンを……」


 拙者は周りの冒険者達にバレないように一言そう呟いて走り出します。

こんな場所にいては、命がいくつあっても足りません……!


拙者は、大人しく弱いリザードマンを狩って……


「おい、シィン……テメェ何やってんだァ?」


───こ、この声はまさかっ……!?


 拙者は、その声を聞いた瞬間に吹き出てくる汗を拭き取りながら、逃げたい気持ちを抑え込んでゆっくりと後ろを振り向きます。


だって、この声の主があの御方ならば、逃げたら……!


「よォ、シィン……傷一つ無くて元気そうじゃねェか……!」


 そこに現れたのは、やはり、ザック御師……!


拙者の組み手相手として、そして座学の先生として、様々なことで我の師匠に当たる最強のBランク冒険者です!


「あ、えっと……ハイ!拙者、元気イッパイデス!」


「そうかァ!それはいいことだなァ!? 」


「そ、そうですよね!いいことだなぁ!」


「でもなァ……元気なら、あのデカイ蜥蜴に向かうよなァ……?

それなのに、お前はなんでそっちの方向に走ってるんだァ……?」


 そう言って、わざとらしく自らの頭を叩いたザック御師の言葉を聞いて、拙者は思わず顔を逸らしました。


「え、えっと……それはですね……」


「まさか、俺の弟子であるお前が、アイツから逃げようって思ってねェだろうなァ?!」


「───ハイッ!今すぐ戦わせて頂きますッ!」


 拙者はザック御師に肩をバンと叩かれた瞬間、後方にいるグレートリザードマンに向かって急いで駆け出します。


 だってそうしなければ、死よりも恐ろしい訓練が待っているのですから……!


「オマエ……オレと、やルか?」


 拙者が死に物狂いで走り寄ると、グレートリザードマンは拙者に対して口を開いて声をかけてきます。


ッ、成程……!

やはりグレートほどとなると、どうやら喋れるぐらいの知能は持ち合わせているようです。


───いや、でも待てよ……たしか、対話できる魔物は魔物ではないと教わった気が……?


「すまぬ。拙者としてはすぐにでも帰りたいのだが、御師が貴殿を打ち倒せと申すのだ……」


「ウチタオセ……?オレをタオす、なんテ、ムリだ」


 グレートリザードマンはそう言って、何処か虚ろな目で拙者のことを見つめ……

武器を構えることも無く、その腕を拙者に向かって振り上げたのだ!


くそぅ、会話もできて、もしかしたら戦闘を回避できるやもと思っていたのだが……


「そうか、じゃあ遠慮なく行かせてもらう……!」


───言葉で解決できないのなら、仕方なし!


 拙者は腰を深く落として、腰に携えた刀に手を掛ける。


そののちに、グレートリザードマンの気配を心の目で察知して、狙いを定めていきます……


そして……察知した気配に、確かな隙がうまれた時……!


「【代一陣・龍闢リュウビャク】」


───拙者の刃は、全てを切り裂くのです!


「がァ……?」


───カチン……!


 拙者が刀を納刀したのと同時に、ボトッという音をたててグレートの腕が地面に落ちました。


しかし、それを見てもいまいち何が起きたのか理解できないのでしょう。


グレートは小首を傾げそれを見つめます。


「こレ……オレの、ウデ……?ナンデ……」


「拙者が、切り落としました。すみません」


 困惑しているグレートに、拙者は軽く頭を下げます。


本当はこんな風に戦いたくないのですが、仕方ないのです。


相手は、シーアシラ港町を攻め落とそうとしている害。


止めなければ、皆に、ながみ殿に被害が行ってしまう。


それは、なんとしてでも避けなければなりませんので、結果として拙者にできることといえば……


「───貴方を殺めてしまう事、お許し下さい」


 こうやって、謝ることぐらいでしょう。


拙者はそうやってまたひとつ頭を下げると、激昂して突撃してくるグレートリザードマンの無防備な首筋に向かって刀を構えます。


「【代二陣・閃龍(センリュウ)】」


 そして、その首筋に瞬く様な"龍撃"を沿わせて、その硬い皮膚に覆われた大きな首を落としました。


ばたりと地面に倒れるグレートリザードマン。


 まぁ、倒れ伏してしまうのは当然です。

なんたって拙者の中に渦巻いている龍の力を刀身に纏わせ攻撃する"龍撃"を使ったのですから、龍以下の生物の身を斬るとなれば、それは弾力の無いスライムを切る様なもの……


───自慢の硬い皮膚が為す術なく切断されてしまったことに、死後ですら驚き目を見開いているのも仕方ありません。


ですが、これでは彼が報われない。


ならば、拙者が浄土へと旅立てるよう弔いの言葉を……


───いや、更に浄土に行けなかった場合をも考慮し、拙者を恨むことのできるように冷徹な言葉をかけることにしました。


「さらばリザードマン、斬り捨て御免……!」


拙者は動かなくなった亡骸に手を合わせ、ひとつ、そう呟くのでした。


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