第六十四話『防衛作戦︰九時〜』
【ながみ視点】
ギルド二階にある宿屋の一角。
私はその部屋のベッドの上に引かれた布団で寝ている彼女に向かって口を開く。
「……じゃあ行ってくるから、ルミネさんと大人しく待ってるんだぞ?」
「やだぁ……ついてく……」
そう言って、布団から顔の上半分だけを出してこちらを見つめてくるルフ。
その姿は昨日までの中学生ぐらいまで成長していたルフではなく、元の小学生サイズのルフまで戻っていた。
「着いて行くって……ルフ、お前いま動けないだろうが……」
「うぅぅ……」
私はそんなルフに向かって呆れたように声をかける。
するとルフはそれを受け、悔しがって歯噛みした。
昨日、「ながみを守る!」とか言いながら、張り切って戦う準備をしてたからなぁ……
謎の力で中学生サイズになってから、身体が軽やかで滑舌も良くなって滅茶苦茶はしゃいでたし。
それなのに、朝起きたらサイズが元に戻っていた上に全身バキバキの筋肉痛で動けないなんて……
やはり、自らの手に余る力は身を滅ぼすんだなぁ……可哀想に……
「まぁ、今回は諦めて大人しく体を休めろ?」
寝ているルフの頭をぽんぽんと撫でる。
私はしばらくの間そうやって、布団下のベットに座ってルフを構い続けた。
「ほーらルフ、大丈夫だぞー。私は絶対帰ってくるから!」
そう言って、寝ているルフをぎゅっと抱きしめた。
いつもなら、これである程度落ち着いてくれるが……
「でも……なぎゃみひとりじゃきけん……いっしょに……」
今回は駄目そうだな……
「だから、そんなに心配したところでお前は動けないんだって……!もう、可愛いなぁ!」
なおも食い下がるルフに、私は少しだけ語気を強め……ついでに撫でる速度も早めた。
その撫でに目を細めるルフ。愛いやつめ……!
「……それに私は救護班だから、たまにだけどギルドの下の階に居るし!
忙しくて顔は出せないけど、そんなに心配するな!」
そうやって、ルフをぎゅっと抱きしめながら頭を抱き寄せ、口にした私の言葉に対して、ルフは納得いかないといったような様子でうぅと呻く。
「ちゃんとお仕事してくるから、大人しくしてるんだぞ?」
私は最後にルフの頭を軽く撫でて、そう言いながら部屋を後にした。
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「ルミネさん、ルフのことよろしくお願いします」
ギルド一階の受付カウンターで書類を整理していたルミネさんに、深く頭を下げて詫びを入れる。
本来ならばルフのことは私が面倒を見るべきだからな。それをいつも代わりにやってくれるルミネさんにはたくさん感謝せねば……
「そんなに頭を下げなくてもいいですよ!
ギルドマスターを補佐する合間に様子を見るだけですし、それにボロボロであまり動けないリギドさんも手伝ってくれるらしいので!」
「そうですか……?なら、いいんですが……」
ルミネさんはそう言って私が頭を下げるのを止めてくれる。
そんな優しいルミネさんに、私は申し訳ない気持ちを心にためながらも顔を上げた。
ルミネさんも、きっと忙しいだろうに……良い人である。
私がルフの面倒を見れればよかったのだが、如何せんその時間がなさそうだから本当に助かるよ……
なんたって、リギドさんをギルドに運んだ走るふとんの搬送能力を買われて、救護班の中でも特に目が離せない『搬送』の部分に配属されたからな。
基本的に巨門にある衛兵詰所で備えておいて、要救護者が出たら応急処置をして走行スキルを持った布団……そうだな、仮に【地走り布団】としよう。
その【地走り布団】に要救護者を乗せて、安全にギルドへ送り届けるという仕事をしなければならないのだ。
……そんな訳で、私はあまりギルドに居ることが出来ない。
なので書類仕事なんかで常にギルドにいるルミネさんに頼むことになってしまった。
「まぁ、そんな顔なさらずに頑張ってきてください!
命を救うお仕事なんですから、自信持たなきゃダメですよ!」
「うん……頑張るよ。いつもありがとうルミネさん」
日頃の感謝も含めて、私は柄にもなく感謝の言葉を伝える。
すると、ルミネさんは少しだけ目を細めたあとカウンターから表へ出てきて……
「ぐはぁッ!?」
構えた平手を私の背中に向け思いっきりフルスイングした。
「な、何するんだルミネさん!?」
「そんな死地に行く前の冒険者みたいなこと抜かすからですよ!つべこべ言わず行ってきなさい!」
「しかし、感謝の言葉ぐらいは……」
「はぁ……そうやってもたもたしてると、ルーチェ様に怒られますよ?時間いいんですか?」
あ、そうだ……救護班のリーダーに任命されたルーチェさんに、昨日の打ち合わせで十時までには来てくださいって言われてたんだった。
えーと、今は……
「今は……九時五十五分……!?
ルミネさん、ちょっと行ってくる!」
───やばいやばい!急いでいかなければ怒られてしまう!
この歳になって怒られるのは、おそらく割とへこむから絶対に避けなければ……!
私は急いでギルドの外へと駆け出していく。
目指す場所は今回の要となる最終防衛ライン……アシエーラの玄関口と称される巨門である。
「ふふふ……行ってらっしゃい」
そんな声を背中に受けながら、私は召喚した布団に乗り慌てて進んでいくのだった。
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