第六十三話『リザードマン防衛戦準備』
【アーレ視点】
「複合魔法……【アース・シンク】!」
シーアシラ前の何も無い大平原に、突如として長い長い堀が出来上がる。
その堀は平原を分断するようにしてその地に座しており、その光景を見ていた冒険者たちから感嘆の声が飛び出した。
「あの魔量で、これだけの地形変化を起こすなんて……」
「今の魔法、複合魔法とかいってたけど……初めて見る魔法だったな」
「やっぱ『樂燕のアーネ』さんの弟子すげぇ……!」
「あれでDランクとは……末恐ろしい」
どうやら、我が発動した水と土の複合魔法【アース・シンク】に目を奪われてしまったらしい。
ガヤガヤと騒ぎながら作られた堀を眺めているようだ。
しかしまぁ、無理もないだろう。
我の使う複合魔法は、我の一族以外では使われていないものだからな……そもそも知っている方が珍しいぐらいである。
そうともなれば、珍しがるのも仕方の無いことなのだ。
「うーむ……少し間違えたな」
そんなふうに考えながら堀を眺めていると、微妙にサイズ感を間違えてしまっているところを見つけてしまった。
三つ以上の属性複合をあまり見られたくなかったので、二属性複合の【アース・シンク】を使ったが……失敗だったか。
「はぁ……面倒臭い……土魔法【アース・レーン】」
少しのズレぐらい気にしなければいいことはわかっているのだが、昔からこういった少しのズレが気になってしまうタチなのだ。
我は微妙に広さが違っている部分を修正しながら、大人しく三属性複合を使っておけば良かったと心の中で後悔した。
「おぉ〜、相変わらずほれぼれする技術やねぇ」
冒険者たちにバレないようにこっそりと修正していると、いつの間にか後ろに立っていたアーネ……さんにそう声をかけられた。
くそっ……!
組み手の時にさんざん教えこまれた上下関係のせいで、心の中でもアーネさん呼びをするようになってしまっている……!
なんと情けないことか……!
「ふん。当然である!なんたって我が操作する魔法だからな!」
我はそんな情けなさを隠すように、声をかけてきたアーネ……さんに虚栄を張って見せた。
「そっかそっかぁ……じゃあ、あーれはん!こっちも頼むわ〜」
「なっ!?待て、そっちはほかの冒険者の担当だったろう!?」
「よろしゅうなぁ〜」
ッはぁ?!あの鬼畜、本当にどっか行ったぞ!?
いくら我の魔法技術が高いとはいえ、魔力量はそこまで多くないというのに……!
「行ってしまった……」
あれが魔法兵達の指揮官なんて……
憂鬱だ……きっとリザードマン防衛戦本番でもこき使われるんだ……
我はそんなことを考えながら、先程作った堀のはるか後ろ側にある、未だ何も無い平原を見渡して呆然とする。
本来ならば、我が担当する予定の区画は弓兵防衛ラインを区切る一つ目の堀……その一つだけだったはずなのに……!
「……こんなことなら、魔力を温存しておけばよかった」
先程、微妙なサイズ感にこだわって発動した土魔法を後悔しながらも、我は渋々もうひとつの堀作るためにそちらに向かう。
そして、近づいてわかるその広大さを見て、明確な事実に気がついてしまった。
「あぁ……確実に魔力が足りないな……」
我はそう呟きながら、それの存在について見て見ぬふりを続ける。
知らない。我は知らないのだ。
アーネ……さんがどこかに行く前に、我の腰のホルダーに着いているあるものを見て笑っていたことなんて……
我がここに来る前に"もしも魔力が足りなかった時の保険"として、いやいやながらも道具屋で購入したあれがあるなんて……
この状況を簡単に解決できるもの……
初級ポーションが手元にあるなんて知らないのだ……!
「くっ……!今日は厄日か……!?」
一つ目の堀が完成した時に、飲まなくて済むと思って安堵していたのに……
まさか、保険として持ってきていたことが祟るなんて……!
「くっそぉぉおぉッ!」
───こうなればヤケだ!やってやる!
我はその叫びとともに持ってきていた初級ポーションを手に取ると、月が昇っている空を見ながら一気に口の中に流し込んだ。
「うげえぇ……苦いいぃ……!」
くそっくそっくそっ!
なんで初級ポーションはこんなにも苦いんだ!?
この世の全ての苦味を凝縮して煮詰めたような味をしているぞ!?
「みず……みず……!」
どうやればこんな味が作れてしまうのか……というようなその味を舌でしっかりと味わってしまい、我は慌てて腰のホルダーの一つから水入り瓶を取り出そうとする。
しかし、そうやって水入り瓶を取り出す前に、我の視界は突然青く染った。
「ぶわッ……!」
「アーレくんみずだよ〜!おいしい〜?」
「ブボ……バ……ごフッ…!」
「な〜に?おいしい?良かったぁ〜!」
「プハッ……!苦しいって言ったんだ、ばかヌルッ!」
そう言って、我はようやく抜け出したヌルの体に平手を打ちつける。
……すると、ヌルはそのぷるぷるとした体を揺らしながら嬌声を上げた。逆効果である。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……!」
肩で息をしながら焦ったように独り言をつぶやく。
ヌルのハグは警戒していれば避けることはできるのだが、こうも突然来られると避けようが無い。
最近はながみの方にハグ対象が移ったので、油断しきっていた……!
「おまえ……なんでここにいるんだ……?うっ……」
我は胃の中にある初級ポーションが出戻ろうとするのを必死に押さえ込みながら、ヌルに問いかける。
確か、土魔法が使えないものは拠点待機を命じられていたはずなんだが……?
「あ〜、それね〜!
なんかアーレくんを手伝ってやれってアーネさんに呼ばれたんだ〜!」
「手伝い?なんの手伝いだ……?」
「土掘るんだって〜」
???
どういうことだ?
ヌルは土魔法は使えないし、得意の魔力操作能力も水魔法しか操れないはずでは?
「えっと……どうやって手伝うんだ?」
我はそんな疑問を抱えながら、ヌルにそう質問する。
「う〜ん、わかんないや〜!」
「……わかった。お前が馬鹿なのはわかった」
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが……まさかここまでとは……
我は頭を抱えながら、2つ目の堀を作る場所に歩いていく。
「いいか、我の作業をあんまり邪魔するんじゃないぞ?」
「うん、わかった!」
そして、我はヌルに見守られながら二つ目の堀を作るための定位置に着いた。
目の前には、広大な平地。
……ほかの冒険者もどこかに行ってしまったし、いちばん得意なやつを使ってゆっくり綺麗に作っていくか。
魔力も未だに心許無いし……
我はそんなことを考えて、ため息を吐きながらも魔法を発動する。
「……複合魔法【マッド・クウェイク】」
すると、我が手を触れていた目の前の地面が液状化していき、ぐにゃぐにゃと動き始めた。
───複合魔法【マッド・クウェイク】。
水、土、風……そして、派生属性魔法の音魔法を使った大地を操る大技である。
本来の使い方だと、極一部分を液状化させて操って叩きつけたり揺らしたりして攻撃するのだが……今回は、操って堀の形を作りそのまま固定するだけだ。
この使い方なら、時間をかけて固めていけば魔力が節約できるし、細部まで綺麗にこだわる事ができて一石二鳥なのである。
なので、このままゆっくり動かして固めていこう……
「わ〜、楽しそう!ボクもやる〜!」
しかし、そうやって操作しようとした矢先に、ヌルが手を動かしていた我の隣にぎゅっと寄ってくる。
そして、我を真似するように手を動かし始めた。
「ちょっ、ヌル!お前は水魔法しか操れないから……ん?」
ヌルが液状化した大地に巻き込まれると危ないと思い、そう言ってヌルをとめようとするが……目の前の光景を見て、その動きを止める。
そこには、我が動かしていないにも関わらず、ぐらぐらと動く大地の姿があったのだ。
「これ楽しいね〜!」
「おまえ……水魔法以外も動かせるようになったのか?」
「ん〜?
わかんないけど、火の精霊さん以外とは仲良くなったよ〜」
「……」
我は「火の精霊さんはあんまり気が合わないんだよねー!」と言いながら液状化した大地を操って固めていくヌルを眺め、呆然とする。
いつからこれができるようになったかとか、最初からヌルを連れてくれば早かったとか、色々と言いたいことはあるが……
そんな中でも、ひとつのことが大きく頭に浮かんだ。
「ポーション……飲まなくても良かったなぁ」
我は月の登っている夜空にひとつ、そう呟いた。
そして、おそらく我がポーションを飲むように誘導したであろうアーネに対し、心の中で呪詛を吐くのだった。
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