第五十八話『心配』
夜も更けこんで、空に綺麗な月が登ったシーアシラ港町。
そんなシーアシラ港町のギルド前で、私は爆走させていた布団をゆっくりと停止させる。
さて……ギルドに着いた訳だが……
───もし……もしも……
───もしも、なにかの事故にあってルフがいなかったらどうしよう……!
今しがた停めた布団に乗っていたみんなが、揺れと疲れでクタクタになりながら降りる準備をしている中……
私はそんなことを考えながら停めた布団から急いで降りる。
「あ、ながみ殿っ!そんなに走っては……!」
後ろからシンが声をかけてきたが、そんなことで止まっていられるか!私はルフに会うんだァァァァァ!
そう勢い勇んで、私はギルドの扉をバンと押し開き中に駆け込んだ。
「ルフ!帰ってるか!?」
私は声をあげてギルドの中を見渡す。
ギルドの中はいつもより多くの冒険者たちが揃っているようで、良くギルドで見かける人から、あまり見かけたことの無い人まで様々な人が居た。
おそらく、リザードマン襲撃の件で集まっているのだろう。
冒険者たちはいきなり入ってきて大きな声を上げた私に、なんだなんだと怪訝な顔を向けてくる。
「ながみ!」
しかし、そんな冒険者たちの頭上を飛び上がり、私に向かって飛び込んでくる一人の姿があった。
いつも聞いているその声……この移動中私がずっと追い求めていたその姿……!
「ルフ……!」
羽が生えているかの如く飛びあがった一人の少女の姿を見て、冒険者たちが目を丸くして驚いている。
そんな、騒然としたギルドの入口で、私はその大切な名前を呼ぶ……
「…………ん?!」
───しかし……
だんだんと近づいてきたそのルフの姿を視認して、なぜか私は凄まじい違和感に駆られていた。
だが、そうこうしてるうちにもルフは私に近づいており、気がつけばいつの間にか私の胸にばっと飛び込んできていた。
「わたし、頑張ったよ……!頑張って、皆に伝えた……!」
私の胸をぎゅっと抱きしめてこちらを見つめるルフを見つめ返す。
可愛らしい青狼耳に筆の先のようなふわふわとした青尻尾。
そして、その理知的で空のように青い瞳。
私の大切な……ルフ……
それは確かに、ルフであるのだが……
「ながみ……ながみ……!」
「ルフ……あの……」
───これは聞いてもいいんだろうか……?
いや、でも……
私の心のなかで凄まじい葛藤が揺れ動く。
「ながみ……どうしたの?」
「い、いや……その、な……ルフ……」
「?」
いやでも、これは明らかすぎる……さすがに聞かないといけないだろう……!
私はひとつ、すっと大きく深呼吸する。
よし……聞こう!
私は疑問符を浮かべているルフに向かって、覚悟を決めて口を開いた。
「ルフ、お前……なんかデカくね?」
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「ながみ、もう離さない……」
ギルドの酒場、その奥の席。
帰ってきて早々私の隣に座り、もう離さないとでもいうかのように、私の腕にぎゅっとしがみつくルフを横目で眺める。
私よりほんの少しだけ低いくらいの身長、しなやかな体つき……
舌っ足らずではないはっきりとした滑舌に、私を拘束できるぐらい強い力。
そして極めつけは……
体を絡められている私の腕に伝わる、柔らかなモノの存在……
……ふむ。
…………ふむふむ。
………うーん………いや、だが……
…………いや…………うん、そうだな……!
「───やっぱりお前成長してるよなぁ!?」
腕に抱きついて離してくれないルフに向かって、パッと目を見開いてそう叫ぶ私。
こんな非常時にどうかとは思うが、それでも言わせて欲しい!
───だって、確実におかしいのだ!
今日森で別れる時までは、身長は私の腰より上程度だったし……
体つきはふっくらとした子供特有の感じだった!
加えて、私の名前は呼びにくいから『なぎゃみ』だったし、力なんて一瞬で振り解けるぐらいしか無かったし!
───そして……極めつけは、この腕に伝わる柔らかい感触ッ!
これは私が人生においていくら望んでも手に入れることの叶わなかった存在……!
これのせいで与えられてしまった屈辱的な運命とともに、俗世を呪い恨み憎んできた……伝説の……!
───私には無い伝説のステータス……おっ○い!
「なぜだァ……!
数刻前までお前はそれを持っていなかったはずだぁ……!!!
確実に成長してるよなぁ……ルフ!?!!」
血涙を流す勢いでそう迫る私を見て、ルフは少し引き気味になりながらもこくりと頷いた。
「なんか成長した」
「なんかってなんだぁ……私は成長しても持たざる者なんだぞぉ……」
そんな『なんか偶然手に入っちゃった!』みたいな感じで手に入れられてたまるかぁッ……!
「ながみどんま~い!無くてもきっといいことあるさ〜!」
「ヌル殿、それはフォローになってないというか……半ば煽りです……!」
ぐぅ……!心臓が沸き立つッ……!
対面に座っているシンとヌルの会話を聞いて、私はさらなる深淵へと沈んでいく。
くそう……くそう……みんなして私を馬鹿にするんだぁ……!
……こうやって持たざる者は淘汰されていくんだぁっ!
「そうやで~ながみちゃん?
胸が大きいと、ほんま肩が凝って仕方ないわぁ~!」
ぐっ……!
持たざる者にとって一番カチンとくるワードを……!
私はぐっと拳を握りこんで感情を押さえつけると、ギルドの奥の方から歩いてきたその人物を思い切り睨みつけた。
「あらあらながみちゃん……どうしたんやぁ、そんなに睨みつけてぇ?」
「アーネさん……その言葉、狙ってやってるでしょう……?!」
「いややわぁ~、可愛い後輩ちゃんにそんなことするわけないやないのぉ……師匠を疑うなんていけない子やなぁ?」
「この鬼畜ドS野郎め……!」
私に強調するように向けてるそのふたつの脂肪、この手でぶっちぎってやろうか……!?
私は心の中でそう呪詛を吐きながら、より一層アーネさんを睨みつけた。
「……とまぁ、お遊びはこのくらいにして……」
しかし、睨みつけている私を見て、話を流すようにアーネさんはそう呟く。
───そして、にやにやと笑っていた顔をピタリと止めると、今度はいつになく柔らかな微笑みを顔にうかべた。
なんだ……?
いつもなら弱点を見つけたら一日中は煽り散らかすのに、こんなにすぐに話を変えるなんて……
そんなことを思い、私は困惑して口を開く。
「……アーネさ」
「みんな、よく帰って来はったなぁ……ほんとに良かったわっ!」
だが、アーネさんは一瞬にして、私の言葉を遮るようにしてこちらに向かって来たかと思うと、そのままの勢いでぎゅっと抱きついてくる。
いきなりのことで頭が回らず、私は慌ててアーネさんの肩をぐっと離した。
「ちょっ……アーネさん!どうしたんですか?!
胸を私に当てて……もしかして新手の当てつけですか!?」
「ちゃうよッ!わえ、嬉しくて……ずびっ……!」
……え?泣いてる……?アーネさん泣いてるッ!?
ずびずびと鼻音を鳴らしながら、私に抱きついているアーネさんの肩をぐっと離す。
しかし、顔を見られたくないのかすごい力でぎゅっと抱きついて離れてくれそうにない。
え??!なんだ……!?何が起こっている!??
アーネさんが泣いているところなんて生まれてこの方想像もできないし見たことないぞ……!?
私はそんな困惑を頭に浮かべながら、とりあえずアーネさんの背中を叩いて慰める。
「うぅ……ぐずっ……!」
「アーネさん……どうしたんですか……?
いつものドS鬼畜な貴方らしくないですよ……?」
縋り付くように泣くアーネさんに、そう声をかける。
声のトーンを下げて、落ち着かせるように……そっと……!
「ほら……話してみてくださいよ……?」
すると、その言葉を聞いてアーネさんは少しだけ落ち着いたのか、泣きながらも口を開き話始める。
「……わえ、みんな強くなったおもって……
あんたはんらだけで大丈夫や思て、くえすといかせたんやよ……!」
「こぶりんの長ぐらいなら、心配ないやろって。でも……そしたら、いきなりこんな惨事になってなぁ……」
私を抱いているアーネさんの腕に入る力が増していく。
「わえが、わえがあんたはんらをクエスト行かせてしもうたせいで……」
小刻みに震えて、悲しそうに声を出すアーネさん。
「みんなが死んでしもうたらどうしよっておもうて……ずっと心配しとったんよぉ……弟子が死んだらどうしようってぇ……!」
そんなアーネさんは私たちに向かってそう言うと、また大きく泣き出してしまった。
「ほんま、死んでなくて良かった……!わえ、心配したんやよ……ごめんなぁっ!!!」
めそめそと涙を流しながら何度もそう呟くアーネさんの声には、溢れんばかりの後悔の念が伺える。
私はそれを見て、心の奥が熱くなるのを感じながらアーネさんの背中をゆっくりと撫でた。
「───全く、弟子馬鹿な師匠ですね……!
謝らないでくださいよアーネさん、今回は運が悪かっただけですからっ!」
片手で背中を撫でながら、アーネさんにそう伝える。
アーネさんの心配していた気持ちや後悔の念を消しされるかどうかは分からないが……しかし、それと同じぐらいの安心を与えてあげたい。
ここまで私達を思ってくれていたのだ。
願うならば、安心して見守っていて欲しい。
そんな思いで、私はゆっくりと頭を撫で続ける。
「そ、そうですよアーネ御師!
ながみ殿の言う通り、アーネ御師は悪くありません!」
私の言葉に続くように、シンが拳を振り上げてそう言葉を発する。
「そうだよね~!ボクたちみんなゴブリンさん倒せたし~!傷一つないよ〜!」
「そう。タイミングが悪かった。
アーネは悪くないし、なんならいい人」
「ふん……
事実、我らは生きているのだからな…… 勝手に謝られては困るというものだ」
シンがアーネさんに声をかけたのを皮切りに、他の皆も次々に声をかけていく。
ヌルはぱっとした笑顔で場を明るくしてくれて、ルフは励ますと言うよりかは客観的に事態を分析して声をかけている。
そんななか、アーレ君は少しだけ棘があったが……
声色が明らかに気を使っているものだったし、なんなら言葉を発しながら、ちらちらと心配そうにアーネさんのことを見ていた。
なんともまぁ……凄まじいツンデレである。
「みんな……ふふっ、ほんまかいらしいなぁ……!」
アーネさんはそんな皆の言葉を聞いて、嬉しそうに声を出す。
その目には依然として大粒の涙が溜まっているが、きっとその涙は悲しみによるものでは無いだろう。
私たちはしばらくの間そうやって、アーネさんが泣き止むのを暖かく見守っていた。
私がこの街に来て、初めての依頼を受けて、最初はいい仕事仲間ができるか不安に思っていたが。
こんなにもいいヤツらに出会えるとはなぁ……
そんなことを考えながら、笑いあっているみんなを眺める。
あぁ、こうやって自らの口に自然と笑みが浮かんでいることが、どれだけ幸せなことだろうか。
私は、ぽかぽかとする心をぎゅっと抱く。
そして……
「あの〜お取り込み中のとこ悪いんだが……
リザードマンの対策会議するから、リザードマン発見の当事者として来てくれるかな……ながみくん?」
「あ、すみません……すぐ行きます……!」
しばらくの間、私たちの傍で居ずらそうに待っていたギルドマスターに、私は頭を下げながらついて行くのだった。
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