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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第一章

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第五十五話『走る』


「リギドさん……リギドさんッ!」


 召喚したふとんに横になっているボロボロのリギドさんに、応急処置を施しながら大きく声を掛ける。

リギトさんは息も絶え絶えに、浅い呼吸を繰り返している。


───ギルドの近くにあった道具屋で、薬草の軟膏を買ってきていて良かった……!

 私はそんなことを考えながらリギドさんの身体中についている傷に、木の器のようなものに入れられている軟膏を取り出し慎重に塗っていった。


「なぎゃみ……りぎど、だいじょうぶ?」


「分からない……

だが、リギドさんはこんな傷で倒れる様なタマじゃない筈だ……!」


 そう、Aランク冒険者【大剣のリギド】は、こんなことではくたばらないはず……!


「リギドさん……良くなってくれ……!」


私はそんな希望的観測を願いながら、リギドさんの応急処置を進めていく。


「ごフッ……!」


……しかしそんな期待虚しく、酷く辛そうな咳をした後に、リギドさんの口から小さく鮮血が流れ落ちた。


───吐血だ……!


「リギドさん、血をはいて……


クソっ!鼻や口を怪我してるならまだいいが、もし内蔵がやられてるとしたら不味い……!」


 血が口から出ている場合に考えられるのは、口内を切った、鼻の内部が傷ついた、喉、気管支、肺、etc……


だが、こんな状況ではどんな症状だったとしても大事になることは間違いない!


えっと……こういう場合……まずは……!?


「くそっ……!」


私は焦って何も出来ない自分を諌めるように、髪をくしゃくしゃとかいた。


「りぎど……ちがでてる……」


 ルフが服のポケットに入れていたハンカチのような用途に使う布で、リギドの口元についている血を拭う。

一見平然としているが、よく見るとルフの顔はサッと青ざめており、手も震えているのが見て取れた。


 きっと、身近な知り合いの傷ついている姿に、恐れているのだろう。

私はそんなルフの表情と、リギドさんの安否、その他様々なことが頭の中を駆け回り……


パニックで体を動かすことができなくなっていた。


 頭は高速でまわっているが、行動に移せない。

そんな時間がしばらく流れていく。


「ごフッ……ごフッ……!な、ナガ、み?」


しかし、そんな中でリギドさんが薄らと目を開いた。


そして、少しばかり虚ろとした目で私を見つめて……


今の状況が掴めないのか、ゆっくりと自分の体を見渡した。


「あ、あぁ……そうか……俺はやられたんだな……!」


 そう言って、リギドさんは力の入らない手をぎゅっと握り込む。どうやら、意識が戻ったらしい……!良かった!


 リギドさんは握りこんだ拳を静かに震わせた後、少しだけ間を置いてゆっくりと私に顔を向けた。


「な、ナガミ……」


「リギドさん!あまり喋るんじゃない、傷が……!」


 口を開こうとするリギドさんを遮るように、私は慌ててリギドさんが喋るのを止める。

しかし、リギドさんはそれを手で制してまたゆっくりと口を開いた。


「俺は、だいじょうぶだ……!こんなことで死ぬわけねぇ……」


「リギドさん……」


 その人を射殺すような目をこちらに向けながら、口元を吊り上げて必死にそう言葉を発するリギドさん。


私はそんな喋るのも辛いなかで必死に耐えて言葉を紡ぐリギドさんの姿を見て、喋ることを止めるわけにもいかず、リギドさんの名前を呟くことしか出来なかった。


「俺は、ギルドマスターに、どうしても……伝えなければならないことがある……!」


「とても……とても、大切なことだ……!」


私を真剣な瞳で見つめるリギドさん。


「だが、今の俺は……少しばかり動くことが出来ねぇみたいでな……」


 体を見下ろして、自傷気味に笑う。

その顔は痛みとは違うベクトルで何処か苦しそうで、辛そうだった。


そんなリギドさんはまた少し間を開けたあと、ゆっくりと口を開く。


そして……その言葉を紡いだ。


「だから……お前らに伝えて欲しいことがある」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ルフ視点】


───駆ける、駆ける、駆ける……!


けわしい道のりが続く森の中を、わたしがいま出せる全速力をつかって走り抜ける。


「はぁっ……!はぁっ……!」


 口に入る空気はわたしの中を突き刺して、力を集めつづけたあしはほねが軋むようにキリキリと痛む。


しかし、そんなことを気にしていられない。


わたしは、なんとしても、なににかえてでも前にすすまなきゃならない。


「はぁっ……!かひゅっ……!」


 そうやってしばらく走っていると、わたしの村とギルドがある町をつなぐきれいな道にたどり着いた。


───ようやくだ……このまま、ながみに言われたとおりギルドまで……!


「はぁ……はぁ……!ぐっ……!」


 私は少しだけ止まったあとギルドへと走り出そうとするけど、走り出そうとしてあしに力を集めた瞬間に、とんでもない痛みを覚えて思わずあしを止めた。


ズキズキと痛む。


集めた力が内側から食いやぶって溢れだそうとしているような、そんな感覚。


わたしはプルプルと震えるわたしのあしを見る。


「なんで……こんなときに……!」


 わたしは必死になって、わたしの中にある力に呼びかける。


しかし、力は、わたしの奥底で薄らと揺らめくばかりであしに集まろうとはしてくれない。


「うごいて……うごいてよ!?」


歯を食いしばる。


なんで、こんなときに言うことを聞いてくれないの!?


歯を食いしばる。


なんで、わたしの力はこんなにも弱いの!?


歯を食いしばる。


なんで……


なんで、わたしはこんなときに動けないの?!


「ねぇ……うごいてよ……!?」


 わたしは、わたしの力のなさが、悔しくて、悲しくて、悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて……


わたしの目から、涙をひとつ垂れ流した。


それは、ちょうどわたしが見つめていた、わたしのふがいないあしにむかってぽつりと落ちる。


そして、消えていく。






しい……





「……?」






ちか……





「……なに……?」






ちから……ほ……






「なにが……?」











力が……



「『力が、欲しいか?』……!?」


 わたしは、わたしの口から発せられたそのことばに、ただ驚くことしかできなかった。

……でも、わたしの奥底にある何かから、わたしの口を伝って伝えられたそのことば。


「力が……」


力が、欲しいか?


そのわたしのなかにいる何かから問いかけられたもの。


それは、今のわたしにとって……


「わたしは……」


───今のわたしにとって、必要なものだということは解った。


「わたしは、力が欲しい……!」


『「そうかそうか……では、くれてやろう」』


 この力は……お前のものだ。


その言葉と同時に、わたしの奥底に潜んでいたであろう"力"の源がわたしの体の中に正しく流れ始めたのを感じた。


凄まじく強い力。


わたしの全てを侵食するような、強い力の奔流。


そして……それの大元である、何か……


 わたしはそんな、わたしの中に居る凄まじく恐ろしい何かの存在に一瞬だけ心が奪われそうになる。


───しかし……しかし、今はそんなことよりも!


「わたしが……皆に、伝えなきゃ……!」


 わたしはグッと身体中に力を集めると、その軽くなった体を動かしてギルドへと駆けていく。



その脚は、風のように速く。



前へ、前へと進んで行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【ながみ視点】


「ナガミ、すまない……助かった」


 青狼族の村からギルドまで続く道を、どデカい布団に乗って進んでいく。

 その、ヌル、シン、アーレ君、私、そしてリギドさんを乗せている布団はおよそ時速30kmで動いており、大体道路で出せる原付の最高速度ぐらい出ていることがわかった。


「リギド殿……あんまり喋ると傷が……」


「そうだよー!あんまり動くと死んじゃうよ〜?」


 寝ながらうわ言のように呟くリギドさんを、そっとシンが諌める。

そして、賛同するように口を開いたヌルが、自らの体に埋まっているリギドさんのスキンヘッドをぺちぺちと叩いた。


……布団スキル【走行】による効果で布団を走らせているのだが、タイヤもなしに地面を走るので相当衝撃が来るのだ。

だから、その衝撃を緩和してもらうため、ヌルにリギドさんの保護をお願いしているのだよ。


───というわけで、スライム美少女に強面スキンヘッドが埋まっているという状況も許してもらいたい……


「な、ながみっ!これはもっと揺れを抑えられないのか!?」


「無理だアーレ君!これでも速度を落としてる方なんだっぐッ……舌噛んだ……!」


くそっ……舌が痛い……!


 私は舌を口の中で舐めて、出てきた血を苦々しく抑え混む。


 このふとんスキル【走行】は時速レベル×10kmの速度を出すことができ、今現在5レベルなので本来なら時速50km出せる筈なのだ。


しかし……道があまり舗装されていないというのもあってか、時速30km以上だと死にかねない揺れが起きる時がある。


「というわけで、限界ギリギリまで速度を出し安全にしてコレなのだよッ!」


「くそっ!これは程度の低い馬車よりッ!酷いぞッ……っ舌がぁッ……!」


 私に不満を垂れるアーレ君だったが、会話途中で舌を噛んでしまったようでぐっと蹲る。

リギドさんは信頼と安心のヌルに任せてるから大丈夫だが、ほかの者……特に私やアーレ君の体がこのままではまずそうである。


しかし……


「耐えるしかないのだよ……!」


 何故ならば、このまま止まってしまえば、どうせ死んでしまうからな!

私はそんなことを考えて、先程リギドさんに聞いた話を思い出す。


異常個体のリザードマン。


その大軍が、街に向かって進軍してきているという話。


その総数は……200以上。


リギドさんは特別依頼でそいつらと接敵し、圧倒的な数によって敗戦してしまったのだ。


「俺のせいで……すまん、皆……」


 私を眺めていたリギドさんがそう呟く。

その声はいつものリギドさんらしくない、非常に弱々しい声だった。


「リギドさん……そんなネガティブになってんじゃない!

私は助けたいからやってるだけだし、全然リギドさんのせいじゃない!」


 私はそんなリギドさんを横目でちらりと見て、運転に集中しながらも大きく声をあげた。


「しかし、俺を置いていけば、もっと速く街に報告を……」


「だから街の方へは、ルフが報告に向かってくれている!

ルフは、私たちの誰よりも速いししっかりしてるから大丈夫だ!

だから、安心して休め!」


───そう、街へは先にルフが向かってくれている。

シン達を集めて街に戻るには少し時間がかかりすぎるから、リギドさんの情報をいち早くギルドに伝え備えるため……



 そして、ルフの安全を確保するために、先に向かわせた。



……というのも、リギドさんの傷が開いてしまうため、ヌルと布団無しではどうやってもリギドさんの巨体を運ぶことが出来なかった。


そのため、私が【走行】のついた布団で、急いで瀕死のリギドさんとギルドに向かうのは無理があるし……

かと言って、もしみんなの集合を待ってリザードマンに追いつかれでもしたら、情報がギルドにも伝わらず犬死にという可能性も大いにあった。


 だから、私たちのなかで一番足の速いルフを伝令役として行かせたのだ。


 しかし、その中に、何よりもルフの安全を確保したいという気持ちがなかったといえば嘘になる。

だが、それは一番良い作戦だと思った物の延長線上にルフの安全を確保出来る手段があったからそれを決行しただけで……


「───と、考えるのも後悔するのも、めんどくさいから後だ!

今はそんなことよりもだ……!」


 集中して少しでも速く前に進む!


 私は動いている布団に意識を集中させて、少しだけ舗装されている地面を【走行】していく。


目指すは、ルミネさんやルーチェさん……


ザック先輩、アーネさん、そして、ルフの待っているであろうシーアシラ港町のギルドである。


「待ってろ……皆……!」


自らが進む先へと、私はまっすぐ目を向けて、ひとつ呟いた。


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