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異世界ふとん至上主義!  作者: 一人記
第一章

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第四十六話『刺客』


「疲れたぁ……」


 ザック先輩による特訓が始まった翌日の昼下がり。

今日も朝から続いた地獄のレースを終え、少しの休憩をした後中庭へ集まっていた。


「ながみ殿大丈夫ですか?お水飲みます?」


「いや、レース終わりに沢山飲んだからいいや……」


「そうですか……じゃあ拙者が体を仰ぎますね!」


 そう言って、手でパタパタとして私を仰ぐシン。

その顔はぐっと力を込めた様な様相で、必死に頑張っているとわかるのだが……やはり手だということもあり微風である。


「シン……そんな必死に仰がなくてもいいから、とりあえず休め……」


「あ、はい……すみません」


「謝らなくていいよ。助かった」


 私の言葉を聞いてぱっと笑顔を作るシンを見て、やっぱり犬みたいな性格をしているなぁ……と思った。

小さな尻尾も左右に揺れてるし……


「シン~!ボクも仰いでぇ~!」


「いいですよ!拙者が仰いであげましょう!」


 横から転がるように話に入ってきたヌルに言われて、シンはパタパタとヌルを仰ぐ。


「わたしも」


「いいですよ!どんどん来てください!」


そして、それに続くようにルフ。


「ふんっ……我も頼む」


「任せてください!」


 そして、意外にもアーレ君までもが近づいていき、シンの前へ集まった。

なんだかんだ言ってアーレ君は優しいし、割と皆のことを信頼しているのかもなぁ。


……私もその皆の中に入っていれば嬉しいが、どうだろうな?


「ふん!ふぅ!はぁ……!はぁあ……!」


 みんなに頼られるのが嬉しいのか、必死に手を振るシンを眺める。

おそらく人を助けたり、人に頼られたりするのが本当に好きなのだろう。

大量の汗をかいているが、顔は笑顔で楽しそうだ。



だが……そろそろ止めないとぶっ倒れるな?


「シン……一旦休んで体力残しといた方がいいぞー?」


 腕を振り回しすぎて目が回っているシンに声をかける。

シンはその声を聞いて、ふらふらと足を揺らしながら地面にへたり込んだ。


「す、すみません皆さん……ちょっと……休憩を……」


「お前らァ……ちゃんと揃ってるみてェだなあァ!?」


 中庭にある木の影で私たちが涼んでいると、ギルドの中からザック先輩が出てきた。

いつもどうりの残忍な笑みを浮かべて、こちらに向かって歩いてくる。


その手には何やら紙の束の様な物を小脇に抱えているが、特訓メニュー的な奴だろうか?


「ザック先輩、今日も今から座学ですかー?」


「いや、今日は違うことをするぞォ!今日は……」


 少しだけ大きな声で、こちらに向かって来ているザック先輩にそう問いかける。

その私の言葉に、ザック先輩は返答しようと口を開くが……


「───きょうは、わえとざっくはんが御相手しますえ」


 それよりも先にザック先輩の後ろから、たおやかで美しい女性の声で返事が帰ってきた。


「お前ェ……オレの言葉を取ったなァ?!」


「いやですわぁざっくはん……わえがざっくはんの言葉をへつろうなんて、思っとるわけへんですよぉ?」


 そう言ってからからと笑いながらザック先輩の後ろから、ゆっくりと姿を表した綺麗な女性。

女性はザック先輩を明らかにからかったあと、私たちの方を見渡して口を開いた。


「せやけど、これがざっくはんの教え子どすか……

ふふっ……ずいぶんとかいらしいなぁ?」


 そう言って笑う、女性の妖しくも美しい姿に、私は自然と彼女を目で追ってしまう。


 柳色……明るい黄緑色をした胸まで来る長さの髪を、首の中ほどで一度纏めて下に流している。

それは下へと映える柳のような奥ゆかしさがあった。


 身長はザック先輩より少し低いぐらいで、女性にしては高身長。加えて、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ大人の女を感じさせる体型。

丈の短い黒の浴衣に、緑色の下地に黄色の植物が描かれた袖を通して羽織るようなローブを着ており、ローブ下の浴衣からその艶かしいふとももが見え隠れしている。


そして、その柔らかそうで美しい顔には、色気のあるふっくらとした唇と山吹色の瞳を携えるおっとりとした目が備わっていた。

瞳は、こちらを誑かすように妖しい光で私を見つめている。


女の私でも、あまりの美しさに危うく惚れてしまいそうな女性。


───そんな女性がほうけている私に歩み寄って、ゆっくりと隣に座った。


「とくに……あんさんなんか、えらいきれいな黒髪してはるねぇ……?」


「っ……!」


 首元をつー……っと指でなぞられて、思わずなぞられた所を手で覆い隠す。

そして、ばっと後ろに下がって距離を取った。


 言葉も出せないほどに自然な動き。

近づかれて触られるまで反応すらできない間合いの上手さ。


「君……貴方は、誰ですか……?」


 私はなぞられた所、首からつたい落ちる冷や汗をゆっくりと拭い彼女にそう問いかけた。


「もぉ……そないにいやがらんでもいいんにぃ……」


 艶のある目でさぞ残念そうに私を見つめながら、そう言ってくる女性。

彼女は先程から私の隣で寝ていたルフの頭を優しく撫でると、ゆっくりと立ち上がった。


そして、唖然としている私たちに視線を向ける。


「そういえば、申し遅れとうたねぇ。

わえはざっくはんとおんなじ、Bらんく冒険者としてここに勤めてます。

アーネ・ユズリハどす。これからよろしゅうなぁ?」


アーネさんはそう言って、手を頬にあてころころと笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「や、やめろぉ……!やめてくれぇ!ぐはぁっ!」


 頭をゆったりと撫でられながらも、何故か下半身は折れ曲がるほど痛いという謎の苦痛を味わう。

私はさながらプロレスラーのように地面をバンバンと叩くが、アーネさんの反応は良くない。


「ほんまかわえぇわぁ!こないな危険なことせんで、ながみちゃんわえと暮らさせん?」


 いや、良くないと言うよりかは、良すぎると言った方が正しいのかもしれない。

私の背中に馬乗りになり頭を撫でてない方の手で私の足を曲げ、私が苦しがっている姿を見て恍惚とした声で甘い言葉をつぶやく。


 あまり考えたくはないが、アーネさん……おそらく、いや確実にドSである。

それも、ドのまえに鬼畜が着くほどのドSだ。


「この鬼畜ドS!離せぇっ!」


「あらあら、そないに褒めてもなんもあらしまへんでぇ?

やけど、師匠にその言いぐさはちょいと……あかんかなぁ?」


「ぐきゃぅぁぁあッ!」


 こ、こいつ自分でSだと分かっているタイプのSだ!?

一番攻めがきついタイプのSだ!?


私は体を丸まったエビのようにグッと曲げられながら、精一杯骨が折れないように努める。


「ほらほらぁ、早う対抗せんとからだ真っ二つになるでぇ?」


「ひ、ひぃ!むりむりむりむり!これ以上はッ!?」


「ははははは!ほれほれぇ!」


「ぎやぁぁぁぁあ!」


 アーネさんは頭を撫でるのもやめて、私の足を本格的に曲げに来る。私の位置からは見ることは出来ないが、その顔はおそらく恍惚としたものだろう。


「はっはっはっはっ!」


やばいやばいやばいやばいっ!


ふとんふとんふたん?!

ひとを覆えるでかいやつ!とにかく大きくッ!?


「ぐはぁッ!」


「どうしたんやぁ、ながみちゃん?そないなけったいな顔してぇ……?かいらしい顔がだいなしやでぇ?」


「───ぐッ……!」


 頭の上から聞こえる絡みつくような声に、恨みを覚えながらも私はイメージを固める。

大きなふとん、人を覆えるくらいの大きなふとん!


場所は……さっき声の聞こえたあたり……だとすると……


私の後頭部から、大きなふとんを射出するイメージ!


「ふ、ふとんしょうかんッ!【掛け布団弾】ッ!」


 もはやシャチホコぐらい曲がってしまっている私の体を何とかするべく、私はやっとの思いで【ふとん召喚】を発動させる。

すると、私の後頭部の後ろの空間から何かが飛び出していくような気配を感じ、【掛け布団弾】がしっかりと飛んで行ったことがわかった。

手ではなく、後頭部から打ち出すという、今までやったことのなかったことをぶっつけ本番でやったが何とか上手くいったようだ!


───あと、この状況でしっかりとしたものが浮かばなかったので、ネーミングは適当だっ!これは仕方ない!


しかし、これで私はアーネさんの魔の手から開放されるはず!


……ッ!?なっ……!???


「グッ……な、何故……足が曲がるッ……?!」


「いやぁ……なかなかえぇ技を持ってるんやなぁ、ながみちゃん?」


───私の耳元に、フゥと息がかかる。


言わずもがな、アーネさんの吐息だ。


だが……どうやって、あの状況で回避を……!?


「あんまりおおきな布やったから、燃やしきるんに苦労したわぁ!わえは火炎魔法得意やないからなぁ?」


「燃やし、た……!?」


 ば、馬鹿な!

たとえウールや防炎シーツを素材としたふとんじゃなくても、そんな一瞬で燃えるなんてありえない!?


「さぁてと、そろそろ終わりにしよか?」


「い、嫌だァッ!死にたくなぁい!」


私は必死に手を伸ばす。

ずるずるとまえに這い縋る。


しかし、無情にも、それはやってきた。


「……ながみちゃん、少し眠ろか?



よいしょ……と」


ーーーーーーーーーーーァ……







「さーてと、これから1ヶ月……よろしゅうなぁ?」






消えゆく意識の片隅に、そんな声が聞こえた。




これから1ヶ月、私の地獄の特訓が始まろうとしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

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