第九十七話『海上作戦会議』
【ながみ視点】
「うわぁ……お嬢の固有スキルまじでやばいな?」
「そうだろう?私のふとんは最高だからな!」
空中に浮かぶ二枚のふとん。
降り注ぐ雨をその身で受け止めている大きめの【天井布団】に、その下にある比較的小さめの空浮ふとん。
アンリさんと私はその間に挟まりながら、眼下に広がる荒れ狂う海を見つめていた。
「ここまでの召喚魔法は正直見たことがない。
自由度と規模感が恐ろしくデカいのに、これで消費魔力少ないとか……ヤバいな?」
「ふっふっふ!
そうだろうそうだろう。それも私のふとんに対する愛が強いからこそだ!アンリさんも私のことを見習うといいぞ?」
先程まで全身を襲っていた雨風の冷たさは軽減され、代わりにふとんの暖かな温もりが私たちを包んでいる。
体を濡らさぬため、そして周囲の状況を把握するために作った私特製の空中ふとん拠点……
ここでならば、少しの間嵐に耐えるぐらいは出来るだろう。
そんな場所で私たちは軽口を言い合いながらも、作戦を考えている最中だった。
「まぁ、このふとんスキルは私の魂が生み出しているから、私ほどのふとん使いにならなければできない芸当ではあるが───」
「あぁ、はいはい。見習う見習う。お嬢はすごいなあー」
「なぁ、すごい適当に言ってないかアンリさん?それ本当に思ってるかアンリさん???」
「……まぁそんなことはいいじゃねぇか!
それよりも、さっき話した作戦のおさらいしようぜ!」
私の言葉に対して、軽く笑いながら肩を組んでくるアンリさん。何事も無かったかのように豪快に振舞っているが、その目は明らかに泳いでいる。
……今、完全に話をそらされたな。
清々しいぐらいテンプレ的な話の逸らし方だった。
あの状況でここまでシラを切れるなら豪胆を名乗っていいだろう。
「……な!ほら、早く話し合おうぜ!」
「……ふぅーーーーーーーー。うん。良いだろう。話そうじゃないか」
……実際、アンリさんの言っていることの方が正しいしな。
これからやる作戦は時間が大切になってくるし。
出来るだけ早く話し、多くの情報を頭に叩き込んでおいて損は無いだろう。
だから、とりあえずここは私が引いてやろうじゃないか……!
そんなわけで、私は額に青筋を浮かべながらも話を始めることにする。
「じゃあ、作戦の概要を話していくぞ?
……しっかりと聞いていてくれよアンリさん?」
「オーケー!ちゃんと聞いとくから話してくれていいぞお嬢!」
「……全く。切り替えが早いというか、調子がいいというか。
しかし、やる気も出さずに落ち込んでるよりかはマシだな。
というわけで……先ずは概要から」
───以下、今回魔導船を襲撃してきたクラーケンに対抗する為、私が考えた即席の作戦。
『対"海の怪物"用 海上耐久作戦』の大まかな概要である。
「対"海の怪物"用 海上耐久作戦……
その名の通り、攻めを完全に捨てて守り一貫で進める"持久戦"を主にした作戦だ。
魔導船にて篭城し、相手の攻撃を逸らして逃げ切る。
すごく簡単に言えばそんな感じだな」
「それはさっきも聞かされたが……だけどよお嬢。
あいつ相手に耐久戦って、アタイらもう死にかけてるようなもんだぜ?
次に一撃でもあいつの攻撃を受けたら死んじまうよ!」
アンリさんが苦言を呈する。
その様子は分かりやすいぐらい不安げで、明らかに納得がいっていないといった感じである。
うーむ、さっき一度話したはずなんだが、さてはアンリさん頭回ってなかったな?
やはり脳筋は情報を頭に入れることが苦手か……?
いやでも、その原因は【墨毒】とやらが抜け切ってなかったというのもあるかもしれない……普通に聞いてなかった線も捨てきれないが。
……まぁ、どちらにせよもう一度最初から説明が必要か。
私はそんなことを考えて、少し呆れながらも口を開いた。
「そうだな。アンリさんの言う通り一撃でも食らったら負けだ。
……そこで、クラーケンの『獲物を完全に弱らせてから』とどめを刺すという習性を利用するんだよ。
乗客とかギルさんに聞いた話だと、"海の怪物"は本当に用心深いようだからな」
私のその言葉に、アンリさんが頷く。
「あー、まぁそうだなぁ。
あいつは自分の領域に入ってきた獲物……例えば商船なんかが、発生させた嵐で海中に沈んでから中身ごと喰らうって聞いたぜ」
「うむ。"船が海中に沈没するまで"絶対に攻撃しないなんて、活かさない手は無いだろう?
───だって要は、『沈まなければ襲われない』訳なんだから」
私の説明を聞いてもう一度深く頷くアンリさんに向け、ニヤリと笑う。理解してくれたようで安心したよ。
敵が自らのテリトリーに入らなければ攻撃しない。
"海の怪物"が長く生きて来れたのは、きっとその用心深さのお陰なんだろうが……
「ならば、自分たちに有利な状況が作れるまで耐え続けて、しっかりと準備させてもらえばいいだけだろう?
普通の船だったならばそんな事はできないが。
しかし、なんたって此方には世界最高峰の技術を結集させた最高の船……人類の英知の結晶、『魔導船』が有るんだからな」
普通の船だったら、"海の怪物"が発生させた大嵐には耐えることはできないだろう。
一時間も持たずに沈没して食われるのがオチである。
……しかし、こと魔導船であればそう簡単に沈むことは無い。
それは、この嵐の中で数時間もの間耐えきっているという状況が証明してくれているのだ。
「だがよ、お嬢。それでもジリ貧じゃないか?
魔導船は確かに頑丈だ。それは保証する……けど、何も最強ってわけじゃねぇ」
アンリさんが尚も不安げにそう呟いた。
どうやら、まだ心配事があるらしい。表情が少しだけ曇っているのが分かった。
───アンリさんの話は続く。
「事実、推進用の魔導具……
"魔力駆動車輪"、水車みてぇなやつは壊れちまってるみてぇだし、もうひとつの黒い水掻き、"船体調節力翼"の方ももう限界だ。
"魔力駆動車輪"が壊れてるから逃げることも出来ねぇのに、そんな状態で有利な状況を作り出すなんて無理なんじゃないのか?
───待ってたら、救援が来る訳でもないんだし……」
遠目に見える魔導船を眺める。
魔導船は原型を留めているが、アンリさんの言った通り船体側面にあった水車の様な魔導具は壊れているようだった。
しかも、もうひとつの水掻きのような魔導具も限界らしい。
ふーむ。
やはり魔導船船長ともなると見ただけでわかるんだな。抜群の観察眼である。
"人類の英知の結晶"。
その象徴ともいえる部品が壊れているとなれば、いつ船体に穴が空いてしまうかも分からない。
アンリさんが切羽詰まってしまうのも無理はないか。
きっと、この船のことは一番理解しているんだろうしな。
……しかし、心配は無用である。
「その点については、私が何とかしよう。
本来、私の"ふとんスキル"はどちらかと言えば支援スキルだからな。持久戦、というか築城は完全に得意分野だ。
絶対に沈まない船を作れる自信が私にはある。だから、どうか信頼して欲しい。
それに……」
アンリさんの肩に手を置いた。
すると、アンリさんは訳が分からない様子で首を傾げてこちらを見つめ返してくる。
そんな、疑問符を浮かべている姿が可笑しくて、私は少しだけ口元を歪ませる。
『あ、あー。ながみー、もうすぐ着くよー
あと少しだけ……だいたい一時間くらい耐久宜しくねー』
「───私の"心強い援軍"が、もうすぐ到着するしな……!」
そう言って、アンリさんに向けて笑顔を作って見せた。
船が嵐にあった当初から脳内に響いている、私の大切な親友の声を聞きながら……
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