86.
翌朝、いつもなら愛馬で王城に向かうところだが、ここ数日無理をさせていたので歩いて向かう事にした。
まだ誰の物にもなっていない馬もいるが、エレノアの目の前で他の馬に乗るわけにはいかないだろう。
ジェスにとってはつまらない話の連続になるからと、今回は留守番だ。
一応陛下に報告というのが一番の目的だが、その前にエルネストと少し話をしたいと思っている。
最近朝議にエルネストが参加する事が減っていると聞いているが、昨日までの騒ぎのせいで今日は出席するだろう。
そうなると二人で話す事が難しくなるため、登城ラッシュより少し早い時間に謁見できる程度の正装で歩いて王城に向かった。
早めに登城している大臣達の馬車が時々俺を追い抜いていくが、なぜか俺を二度見するのが馬車の窓越しに見えた。
普段は愛馬で移動しているから、俺が歩いて移動する姿が珍しかったのだろうか。
出入り業者の平民ですら徒歩で王城に向かう者はほぼいないからな。
「「ヴァンディエール騎士団長おはようございます!」」
跳ね橋を渡って行くと、門番をしている第二の騎士達が声を揃えて挨拶してきた。
「ああ、おはよう」
妙にキラキラした目というか、まるで憧れの人物でも見るような目を向けてきたので、内心首を傾げながら城内へと向かう。
この時間ならエルネストは起きているが、朝議は始まってないから先に少しくらい話せるだろう。
王族の居住エリアには第一の騎士達が常駐している。
エルネストの部屋まで行くと、俺を見つけると警戒したように身構えた。
どうやら以前と同様に俺とエルネストの関係がよくないと思っている者が多いようだ。
この数日は結構信頼関係が出来てきたと思っていたんだが、俺が思っていただけだったのか騎士に伝わっていないのか。
「王太子に朝議の前に面会したいんだが」
「少々お待ちください」
エルネストの部屋の前にいた護衛に声をかけると、部屋の中に入って行った。
すぐに戻って来た護衛はドアを開けて俺を中へと通す。
室内には執務室で書類に埋もれているエルネスト。
「おはようございます。早朝にも関わらず時間を取っていただき感謝します」
実際俺が持ってきた提案に感謝するのはエルネストの方だと思うがな。
エルネストは俺の丁寧な態度に戸惑っているようだった、だが俺だって喧嘩腰でなく普通にしているのなら王族としてちゃんと礼節をわきまえて対応するぞ。
「ああいや……、今日の朝議に関する事なのだろう? 今回の魔物発生の原因が私なのはわかっているんだ、だがなぜあのような行動をしたのか自分でもわからない。わかっているのは……、第三騎士団が、ヴァンディエール騎士団長達が来てくれなければ王都は壊滅していたかもしれないという事だけだ」
「私が王都に到着した時もそのような事を言っていましたね。もっと詳しく教えていただけますか」
「ああ……、最初は聖女とジェスのお披露目の夜会で休憩室にいた時だった……」
エルネストが語った内容を要約するとこうだ。
普段なら貴族からの贈り物は王室を通してでしか受け取らないはずなのに、なぜかその時は見覚えのない貴族らしき男から受け取ってしまった。
その贈り物に呪詛を込めるような行動をし、そうする事が正しいと思い込んで大神殿の噴水の中に沈めてしまった、と。
その贈り物とやらの特徴を聞くと、俺が破壊したあの装飾品に間違いなさそうだ。
魔石らしき部分は壊した時に崩れたが、土台の部分はどうしたっけ……。
「恐らく暗示か何かでそう仕向けられていたんでしょう。もしかしたら前任の神官長も同じだったかもしれません。小さな欲望を増幅させるものかも……、前神官長は聖女の力を知らしめて神殿の立場を強固なものにしたいと言っていましたからね。目的のために手段を選ばないように誘導されていた可能性が高いかと」
「確かに……、以前から前神官長を知っていたが、穏やかで民や神殿の事を考えて行動する人物だった。だからこそ私も彼のする事は王都の……国のためを思っての行動だと……」
「ほぅ、それが裁判で私を陥れる事だったと?」
ジトリとした目を向けると、エルネストは下唇を噛んだ。
実際邪神側からしたら、戦力となる俺の存在が邪魔だったのだろう。
「……ッ、すまない。あの時は私も余裕がなくて、正しい判断力をなくしていたと今は自覚している。その……以前と違うと言われても、先入観から認める事ができなかった。……そうじゃないな、私より功績を上げて父上や皆から称えられているヴァンディエール騎士団長に嫉妬していたのだ。このような考えでは王太子の資格をはく奪されても当然だ」
…………こういうところが主人公なんだよなぁ。
間違えている時も、自分が間違っている事に気付いた時も猪突猛進というか、真っ直ぐ過ぎる。
適性云々の前に、実際王になってしまったら精神的にまいってしまうだろう。
執務椅子に座り、うなだれながら話すエルネストの頭がちょうど立っている俺の手の置きやすい場所にあった。
俺がつい弟達をなぐさめる時にやるように、ワシワシと頭を撫でてしまったのはそのせいだ。
気付いた時にはすでに撫でた後、今更なかった事にはできない。
数秒おいて顔を上げたエルネストは驚きで目を見開いていた。
「あ~……こほん。人には向き不向きがあります。王太子は良くも悪くも真っ直ぐ過ぎますから、王位についたら神経を使い過ぎてハゲそうですね。むしろ腹芸のできる弟君に任せて補助に回られた方が国に貢献できると愚考します」
ちょっと自分でも何を言っているんだと思いつつ、ツラツラと余計な事を言ってしまった。
「ハゲそう……? クッ、あははははは!! まさかそのような意見が出るとは!! ははは! そうなってしまっては私の取柄である見た目が台無しになってしまうな、ククッ」
一瞬あっけにとられてポカンとしたが、エルネストはいきなり笑い出した。
ひとしきり笑うと、大きく深呼吸をして顔を上げる。
「適性のないものにしがみつくより、自分に合った道を選ぶというのもありだな。何だか目が覚めたような気分だ。……ありがとうヴァンディエール騎士団長、それと……頭を撫でられるというのは案外気持ちいいものなんだな。私は兄弟とあまり触れあってこなかったが、兄がいたらまた違ったのだろうか」
「さぁ? 私も兄が二人いますが、別に触れ合った記憶はありませんからね。むしろ部下達との方がよほど触れ合っていると言えますよ」
果たして部下とのやり取りが触れ合いと表現していいのかどうかわからないが、大きく括れば触れ合いと言えるだろう。
「ふっ、そうか……」
何だかよくわからないが、とりあえずこれまでのような俺に対する憎々し気な言動はこれからなくなると考えていいのだろうか。
朝議に関していくつか打ち合わせをして、俺は王太子の執務室を出た。




