76.
エルネスト視点
裁判の後、軟禁生活で神官長とも連絡が取れずに日々が過ぎていった。
そんなある日、信じられないものが私の目に飛び込んできた。
この王城の中庭に二階の天井に届きそうな大きさのドラゴンが現れたのだ。
あちこちから聞こえる悲鳴、そして怒号。
しかしすぐに中庭のドラゴンが姿を消した。
その後、しばらくしてから報告が入ったが、その内容は信じられない事の連続だった。
「は? ヴァンディエールが昼間のドラゴンと従魔契約を結んでいるだと!? しかも神官長がそのドラゴンを操って王都襲撃した犯人!?」
「はい、エルネスト様は神官長から何か聞いていませんか?」
「いや……」
「ですがヴァンディエール騎士団長が邪神の欠片を持ち込んだ時や、裁判の時に連絡を取り合っていたんですよね?」
これまで何度も顔を合わせた事のある第一騎士団の騎士に、このような疑いの目を向けられる事になるとは思ってもみなかった。
「だから知らんと言っている! 神官長はディアーヌの拉致事件の時に情報をくれただけなのだ! 邪神の欠片の時は……神殿に相談するのは当然の事だろう!」
「エルネスト様、そのように興奮なさらないでください。我々は陛下の命によりお話を聞きに参っただけなのですから」
まるで私が話のわからない人間のような物言いをされていた。
至極当然の事を言っているだけなのに、信じていないのが手に取るようにわかってしまうのだ。
このままでは神官長と同罪扱いされてしまうのではという恐怖と、これまでの蛮行がなかったかのように褒めたたえられているヴァンディエールに嫉妬心を抱いた事実、そして少し前までの私とヴァンディエールの立場が逆転しているような感覚にぞっとした。
そんな私の軟禁生活もひと月ほど過ぎた頃、ドラゴンと従魔契約を結んだという事でヴァンディエールが叙爵される事が決まってしまった。
その時聖女のお披露目もするらしい、これまで聖女が現れた時は婚姻と言う形で王家に迎えてきたはず。
今の私にはディアーヌという婚約者がいるから、私と結婚する事はないだろう。
聖女の年齢はわからないが、弟も婚約者がいるし、もしかしたらディアーヌが側室になってしまうなんて事もありえるのかもしれない。
これまで苦楽を共にし、妃教育も頑張ってくれていたディアーヌの努力を無にする事などできない、そんな話が出たら聖女を側室にすべきだと訴えよう。
そう心に決めてヴァンディエールの叙爵報告とドラゴンと聖女のお披露目を兼ねた夜会に出席した。
ヴァンディエールはまるで私に興味はないと言わんばかりの態度で、私の神経を逆撫でしたが、小さく愛らしいドラゴンを見たらどうでもよくなった。
パタパタと翼を動かし飛んだかと思うと、ヴァンディエールの腕の中で甘えるような仕草をするドラゴン。この時は素直にヴァンディエールを羨ましいと思ったほどだ。
そしてその後、聖女の姿を見た時、全身が痺れるような感覚に襲われた。
これまで感じた事のない感情、小動物のような愛らしい容姿に、下世話かもしれないが豊満な胸に目を奪われた。
ディアーヌに対しては抱いた事のない感情に自分でも戸惑う、今でもディアーヌは大切な女性だと思っているし、敬意も抱いている。
だが聖女には無条件で心が惹かれてしまったのだ。
夜会では私の状況を探ろうとしているのか、私の派閥の貴族達が話しかけてきた。
会話しながらも私の目は聖女を追いかけてしまっている。
ヴァンディエールの本性を知らないのか、聖女はエスコートを受けながら夜会を楽しんでいるように見えた。
だが、一瞬目を離した次の瞬間、ヴァンディエールは聖女の頭を掴んで押さえつけるという乱暴なマネをしているのがダンスをする者達の隙間から見えた。
私は急いで駆け寄り、ヴァンディエールを糾弾した……が。
「やめてください! ジュスタン団長と私は友達なんです!」
そんな言葉が聖女の口から出た。
実際そのまま仲良さげに甘い物が並んでいるテーブルへと向かう二人。
その時、ヴァンディエールが振り返った。
「ああ、そうだ。王太子、陛下から公正な目を持てといわれませんでしたか? 言動は慎重にお願いしますよ、あなたは王太子なのですから」
確かにこの夜会の前にも父上から冷静になれ、公正な目を持てと注意された。
今もヴァンディエールが悪いと決めつけて行動したせいで、余計な恥をかくことになったと反省しかけた瞬間。
ヴァンディエールの口が声を出さずに「今は」と動いた。
何だ? 私が王太子なのは今だけだと言いたいのか!?
やはりヴァンディエールは変わっていなかった、今は本性を隠しているだけだったのだ!
そう思ったと同時に、自分でも頭に血が上るのがわかった。
これ以上失態を犯さないためにも、一度頭を冷やさなければならない。
「く……っ、気分が悪い! 少し休む!」
ディアーヌには悪いと思ったが、私はその場を後にし、王族専用の休憩室へと向かった。
「お茶はいい一人にしてくれ」
部屋付きの侍女と護衛騎士にそう告げて一人、ソファに座って頭を抱える。
ヴァンディエールが本性を隠さずにいたのなら、あの裁判で失脚したヴァンディエールの代わりにドラゴンの主となっていたのは私だったはずだ。
あの時第三騎士団が出ていなければ、私が陣頭指揮をとっていただろう。
そうなれば共闘したのも私で、聖女のお披露目のエスコート役も私だったかもしれないのだ。
ジリジリとした焦りのような気持ちが抑えきれない、ここで物を壊して暴れられたらスッキリするのかもしれないが、王太子である私がそんな事をするのは許されない。
「何なんだ! このボタンを掛け違えたかのような気持ち悪さは……!」
「心中お察しします」
「誰だっ!? 一人にするようにと言ったはずだ!」
何の気配もしなかったのに、急に声をかけられて顔を上げると見覚えのない男が立っていた。
服装からして貴族だが、夜会に参加した地方貴族の一人だろうか。
「申し訳ありません。王太子様のお力になりたくて無理を言って入れてもらったのです。どうぞこちらをお持ちください、神が力を授けてくれるというお守りです。我々は王太子様が将来王になられる事をお祈りしております」
包んでいた布を開くと、赤い宝玉が嵌め込まれた見事な装飾品が姿を現した。
「気持ちはありがたいが、これを受け取るわけには……」
テーブルに置かれたそれに目を奪われたが、下手に受け取って賄賂となっては困る。
しかし顔を上げた時には、今までここにいたはずの男がいなくなっていた。
予約ミスしてたようなので、明日も更新します!




