238.
玄関の方で人が入って来る気配がした。
恐らく蕉だろう。
「それじゃー、一度里の方へ戻ろー。よかったなー、ジュスタン。記憶を思い出す方法がわかってー」
蕉が部屋に入って来たタイミングで、蓮がジュスタンに向かって話しかけた。
もちろんこれは嘘。
この事を蕉が蘭に伝えたら、様子を見に来るか、まだ身体を狙っているなら阻止しに来るだろうという計画だ。
だが、ここで致命的な事が発覚する。
蓮の演技が小学生の学芸会の方が上手いレベルの棒読みだったのだ。
「全然心が込もってねぇなぁ。実は団長が元に戻らなくていいと思ってんじゃねぇの?」
ナイスフォローだシモン!
さすが普段から娼婦と騙し合いしているだけあるな!
騙される方が断然多いだろうけど!
「そんな事はないぞ。最初のジュスタンの方が礼儀正しかったし、エルフの文化を理解していたからな」
急に蓮が流暢に話した。
きっと今のは演技じゃなくて、普通にシモンに答えただけだからだろう。
ちょっと待て、という事はもしかして蓮は自分の演技が下手な事に気付いてないのか!?
『ジャンヌ! これ以上は蓮に喋らせないでくれ! 演技が下手すぎて蕉に怪しまれる!』
『見せ物としては面白いがのぅ。仕方ない、蘭をおびき寄せられねば本末転倒というもの』
「蕉よ、戻ったか。そなたが厠に行っておる間に茅が来てのぅ、萌が世界樹から戻ったらしい。ゆえに今から皆で里へ向かうぞ。そなたは腹の具合が落ち着いてから来てもよいが、どうする?」
さすがジャンヌ、伊達に長生きしていないな。
自然に蕉が残って蘭に報告可能な状況を作り出した。
蕉はお腹をさすり、一瞬考える素振りを見せる。
「う~ん、まだお腹が怪しいから、後から行こうかな。みんな先に行ってて」
よし、作戦通りだ。
蓮が何か言いたそうにしていたが、藍に引っ張られるように転移魔法陣へと向かった。
俯いたままの蕉を残して。
「予想通りだったな。やはり蘭と何らかの連絡手段を持っていると見ていいだろう」
「まだわからないだろう! 本当に腹が痛いだけかもしれないし」
転移魔法陣に到着した時、ジュスタンの言葉に蓮が反発した。
黒狼側だと転移陣に来た時に見つかってしまうため、里へと転移して転移陣の周りで待ち構える。
ここなら住宅地とも離れているし、少しくらい騒いでも気付かれないだろう。
どれくらい待っただろうか、各々適当な場所に座っていたが、急に蓮が立ち上がった。
「来る……!」
魔法陣を見ると、仄かに光っている。
次の瞬間には魔法陣の中に蕉と蘭が姿を現した。
「蕉! お前は俺達を裏切っていたのか!?」
「違う! 蓮達こそどうしてここに? 長のところに行くって……まさか前から疑っていたのか!?」
「そんなわけないだろう!? 俺はお前がここに一人で来ると信じていたからこそ、ここにいるんだ」
「『捕縛』」
蓮と蕉が言い争いを始めた隙に、蘭が呪文を唱える。
魔力の輪が数本ずつ、一人一人を囲むように現れ、輪が縮んで身体を拘束した。
「ふ……、この程度で妾を止められると思うたか」
薄いガラスが割れるような音と共に難なく輪を破壊し、自由を取り戻すジャンヌ。
「えいっ」
続いてジェスも輪を破壊した。
けど、他は誰も壊せていない。
ジェスは真っ先にジュスタンの元へ駆け寄り、輪を掴んで破壊する。
「ジェス! オレのも頼む!」
「うん!」
シモンに頼まれ、すぐにシモンも自由になった。
「ジェス、あっちの奴らも助けてやれ、蘭を捕まえて情報を吐かせるぞ」
この時点でジュスタンは魔法鞄から剣を取り出し、シモンにも渡している。
「蘭! 話が違う! 事情を話してわかってもらうんじゃなかったのか!?」
あ、思った通り蕉は完全に蘭にいいように騙されているんだな。
恋は盲目と言うが、被害者が出ている時点で気付け。
「本当は魂だけ抜き直したかったけど……『風弾』!」
蘭が放った目に見えない風の弾がジュスタンを襲う。
「させぬわ!」
ジャンヌが障壁を生み出し、震える空気と何かが炸裂したような音で蘭の魔法の攻撃力の高さがわかった。
今のに当たっていたら、即死していたんじゃないか!?
自由になった蓮達も、各々周囲の木の陰に身を隠し、魔法を撃ち出す。
「やめてくれ! 蘭! 蓮達も話せばわかるはずだから!」
「まだそんな事を言っているのか蕉! そいつはジュスタンの身体を乗っ取ろうとしているじゃないか! 元は男かもしれないんだぞ!」
「そんなの関係ない! 蘭は蘭だ!」
「蘭がジュスタンの身体に入っても同じ事が言えるのか!?」
蕉は言葉を失って黙り込んだ。舌戦は蓮の勝利のようだが、ダメージを受けているのは蕉だけではない。
うん、言い寄られて鼻の下を伸ばしていた相手の中身が、男かもしれないのは結構ショックだよな。
でも今は落ち込んでいる場合じゃないと思うぞ、藍。
「くっ、『爆破』!!」
蓮達の言い合いを聞きながらも、蘭はジャンヌと攻防を繰り広げていた。
呪文で地面が抉れ、土埃が周囲の視界を塞ぐ。
その隙に蘭は山の中へと隠れ、俺達はその後を追った。




