236.
三人称回最後です。
本日二回目の投稿。(前回更新するのを忘れていた分)
12月も週3更新続けますので!
蘭がエルフの里に来てから数週間が過ぎた。
最初はダークエルフという事で、ほとんどの者は口を聞こうとすらしなかったが、蘭は持ち前の明るさと人懐っこさで徐々に里に馴染んだ。
だが、中には蘭を毛嫌いする者もいた。
それはエルフに結婚という制度はないものの、伴侶として過ごしていた者が蘭に興味を持って関係を解消された女性達である。
関係を解消された理由が、ことごとくこの里の女性達が持っていないモノを蘭が持っているからと口を揃えて言うのだ。
半数以上は蘭に心を動かされる事なく己の伴侶といい関係を続けているものの、見た目年齢の近い者達の十人近くが蘭に心を奪われていた。
その反面、長の前では表に出さなくても、明らかにダークエルフという存在を嫌悪する者達も多数いる。
蘭はその事を寂し気に藍に漏らす事が度々あった。
「もしも……、ダークエルフを嫌わない人達だけの集落があれば、あたしもみんなと同じように過ごせるのかな。でも、そんな夢みたいな場所なんてないよね」
「長に言って里から少し離れた場所に住むか? 世界樹の恩恵はあまり受けられなくなるが、必要な物があれば里に戻って来ればいい」
「本当!? 何だか交易するみたいで楽しいかもしれないわね。この山脈の麓から少し行けば村もあるし、案外そっちと交易しても楽しいかも。もちろんエルフって事は隠して。その時は……、旅の途中で手に入れたコーヒーを栽培して売るといいかも」
こうして最初は藍、蘭、菊、そして数人だけが飛行魔法を使って、歩くと一時間ほどかかる場所に数軒の家を建築した。
最初の数年はコーヒー栽培に費やし、蘭の知識で飲み方を里に広めると、栽培を手伝うと言い出した者達が移住。
その頃から蘭は、集落の者達に欲望という名の毒を広げ始める。
「ねぇ、みんなは里の外に興味はないの? ここも素敵だけど、里の外にも色んな物があるのよ。いっそエルフの国があれば、もっと自由に色々できるでしょうね」
「エルフの国……」
この時の藍は、何を言っているんだと言わんばかりに、ぽかんとした顔をしただけだった。
しかし、蘭は百年という歳月をかけて藍の思考を誘導し、いつしか国を乗っ取り、エルフの国を建国する事を計画しだす。
藍達が住む山の位置から、エルドラシア王国が最適だと目星を付け、調査を開始した。
将来魔塔主となるフレデリクが生まれた年でもある。
その頃から藍達は黒狼を名乗り、同じ思想の者達だけで集落を造ると、それに反発するように蓮達も白狼という派閥を起こす。
長老達は呆れながらも、長が静観せよというと素直に従った。
ただでさえ長命種にありがちな子が生まれにくいという特性があり、内輪揉めでこれ以上追い出して人数を減らしたくなかったという萌の考えでもある。
それからも黒狼の者達は、着々と国の乗っ取りのために計画を練っていた。
国民全員とまではいかないが、全体的に国が潤っており、適度に自分達が付け入る隙がある状態だと調べ上げてフレデリクに目を付けた。
不遇な王族、その存在を知った蘭は黒い笑みを浮かべ、藍に操り方を囁く。
己が特別な存在だと思いたい心の隙間に欲しい言葉を注ぎ込み、真に特別な存在だと思い込ませる。
それは蘭が藍にしてきた事と同じだと、藍は気付いていなかった。
エルドラシア王国内にコーヒーを持ち込み、数年かけて当時魔塔主だったフレデリクに接触する事に成功する。
エルフという存在に己を肯定され、見た事もない魔法や魔力量に魅せられたフレデリクは藍に心酔した。
藍もそんなフレデリクの態度に本来の自分を見失い、行動を急ぎ始める。
ヒ素を使って魔塔主を殺害する事を提案し、魔塔主となったフレデリクを王宮に出入りしやすくした。
その頃、計画が動いている事を知っていた男が、密かに蘭を訪ねて来た。
「蘭、やっぱり俺も黒狼へ行く。蓮達の事は好きだが、それ以上に俺が好きなのは……」
「待って、それ以上はダメ」
男の言葉を遮ったのは、蘭の言葉と、その細い指だった。
唇に触れる指が、それ以上動くのを許さなかったのだ。
蘭は無言で微笑み、男の喉がゴクリと鳴る。
「今はエルフの国を建国する事に集中したいの。そのためには藍の力が必要でしょ? それまでは白狼や長老達の動きを教えてくれる人がいてくれると助かるの。それも信用できる人が……ね? そうすればあなたは白狼にいられるし、あたしとも会おうと思えば会えるじゃない?」
蘭は男の着物の合わせを整えながら話す。
整え終わると、襟のシワを伸ばすように手を滑らせ、胸元に手を置いた。
「もしも……エルフの国ができたら、その時はあなたと一緒に穏やかに暮らすのもいいかも」
「蘭……」
「それまではこの事は秘密よ? 黒狼のあたしと、白狼のあなた、別の派閥なんだからね!」
「わかった蘭の夢のために、百年でも二百年でも待つよ」
その言葉に蘭は男に抱き着いた。
「ありがとう。エルフの国ができるまで、それまでは藍の補佐をするわ。あたし達だけの秘密の手紙を交換する場所、探しておくわね。蓮にも、長にだって秘密にしなきゃダメよ。知ってるのはあたしとあなただけ、ね?」
「わかった」
二人だけの秘密、蘭がその言葉を複数の男に言っている事を知らず、蘭を抱き締め返した男は幸せそうに頷いた。
その時の蘭の笑みが、先ほどとは全く違うものだと気付かずに。
だが、この計画もジュスタン達の介入により、見事に崩れ去る事になる。
次からなおタン視点に戻ります。




