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俺、悪役騎士団長に転生する。  作者: 酒本アズサ


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235/238

235.

三人称です

 規則的に波打つ掛け布団を藍が眺めていると、その動きが一瞬止まった。

 次の瞬間、布団が跳ねのけられ、布団から飛び出した蘭が壁を背にしゃがんで、明らかに警戒の体勢だ。



「安心しろ、ここはエルフの里だ。長にも話を通してある」



 毛を逆立てる猫に優しく語りかけるように、藍は落ち着いて声をかけた。

 だが、蘭は辺りを警戒するように視線を部屋中巡らせる。

 退路の確認なのか、出口と窓を視認して、初めて口を開いた。



「あたし……ダークエルフなのに……、受け入れてもらえたの……?」



 蘭の不安げに揺れる瞳に、優越と庇護欲が混ざった不思議な高揚感に襲われる藍。

 これまで蘭のような不安定な精神状態の者に接触した事がなかったせいだ。



「ああ、長老の一部や、里の者の中には反発している者もいたが、長が説得してくれた。蘭はこの家に住むといい」



 その説明を聞いて、目を瞬かせる蘭。

 こんなにあっさりと受け入れられると考えていなかったと言わんばかりである。

 もじもじとしながら布団の上に戻ると、座って頭を下げた。

 このエルフの里であれば、正座で手をついて頭を下げるのが普通だろう。

 しかし、蘭はその作法を知らない頭の下げ方をした。



「蘭、その服装といい、ここの文化とは違うところで育ったのか? 私はエルフは全て同じ文化だと思っていたが、そうではないのだろうか?」



「あたしは話でしか聞いた事がないけど、たぶんこことは違うと思う。この山脈の向こう側にあった帝国の更に向こうにもエルフの里があったけど、あなた達が着ているような服じゃなかったもの」



「エルフの里? そちらの里に住もうと思わなかったのか?」



「あっちには世界樹もなかったし、本当のエルフの里じゃなかったもの、あたしの事を受け入れるどころか、殺されそうになったわ」



 何かを思い出したのか、蘭は両手で自分を抱き締めるようにうずくまった。



「心配するな、ここは安全だ。もし、何か言ってくる者がいたら、私に言うといい。私が蘭を守ってやる」



「藍……。ありがとう」



 潤んだ瞳で見上げる蘭に、慌てたように咳ばらいをする藍。



「ンンッ、長から蘭の世話をするようにと頼まれたからな。それと、もう一人菊という者が手伝ってくれているから、礼を言っておくように。この布団も菊が運んでくれたんだ」



「わかった。菊にも言わなきゃだけど、藍にも言うべきだよね。ありがとう、藍」



 胡坐をかいた膝の上に置かれた手に、そっと蘭の手が重ねられる。

 女性から好意を持たれる事はあっても、こういう積極的なアプローチを受けた事がない藍は明らかに動揺していた。

 蘭の細い指が、藍の手の甲を触れるか触れないかの状態で肌の上を滑り、そのわずかな動きで藍の動揺は更に多くなった……が。



 スパーン!



「あ~っと、ちょっと勢いよく開けすぎちゃった。ごめんねぇ?」



 そこに現れたのは、食事の載ったお膳を持つ菊。

 


「菊、昼食を持ってきてくれたのか。ご苦労様」



 心臓が早鐘のようにうるさい事を気取られないように、藍は努めて平静を装う。

 疚しい事は何もしていないはずだが、まるで見られてはいけないところを見られたかのように、嫌な汗が背中をつたった。

 旅館の懐石料理のようなお膳が布団の横に置かれる。



「藍、蘭もゆっくり食べたいでしょうから、一人にしてあげましょう。私達も今の内に食事を済ませましょうよ、藍の分も準備してあるから。蘭は食べ終わったらお膳はそのまま置いておいて構わないからね、後で取に来るわ」



 そう言いながら、菊は藍の袖を軽く引っ張った。

 これが菊の精一杯のアピールだ。

 エルフの里ではつつましさが美徳という事もあり、積極的なアピールの仕方を知らないとも言える。



「わかった。蘭、食事の後にまた顔を出す。歩けるようなら午後は里の中を案内しよう」



「ありがとう! もう大丈夫だからお願いしたいわ!」



「私も一緒に案内するわね。女性にしかわからない事もあるだろうから。ついでに着替えも必要でしょう?」



「そうだな。助かる、菊」



「ふふ、どういたしまして」



「あたしのために、ありがとう」



 この時、菊に礼を言う蘭は笑顔だったが、菊はなぜか苛立ちを覚えた。

 藍にとってこの女は危険だという、女の勘が働いたと言えるだろう。

 だが、この時の菊は藍の恋人でもなく、ただの二十歳ほど年の離れた幼馴染という立場のため、強く言えなかった。



 食事の後に一緒に里を回ったが、その時に万全でないせいだと言いながら、時々フラついては藍にしなだれかかり、それを抱き留める姿を見せられ菊の機嫌は急降下した。

 午後の里案内の時、風呂はさすがに毎日個人で沸かすと大変なため、各自で清浄魔法で済ませたり、里にある大浴場を使う場合もある。



 そのため、そこを案内する時には菊と蘭の二人きりになる瞬間があった。

 菊は我慢できずに本音を蘭にぶつける。

 この時、菊は実力行使も辞さないつもりだったが、蘭の言葉に毒気を抜かれた。



「菊は藍が好きなのね。私も好意を持っているわ。あれだけの優秀そうな男ともなると、一人の女性じゃ対応しきれないんじゃない? 動物だって、優秀なオスには何匹もメスがいるものね」



 エルフの場合、長い年月で伴侶という関係を解消して、他の者を伴侶にする事もある。

 しかし、同時というのは聞いた事がなかった。

 蘭を選ぶという屈辱を味わうくらいならと、菊の判断力を鈍らせた瞬間だろう。

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