234.
蘭と藍の出会た頃のエピソード、三人称です。
三話続きます。
「一人にしてくれないか……」
時間は少し遡り、ジュスタン達が藍の家から出て行った後、気遣う菊に対して藍は気落ちした声でそう告げた。
「わかったわ。お昼の準備をしてくるから、藍は休んでて」
菊が客間から出て行くと、藍は頭を抱えた。
「なぜ……、いったいどうして、いつから……!」
◇ ◇ ◇
藍が蘭と出会ったのは、己が優秀だと自覚がありながらも、エルフの里という小さな世界ですら上に立てない事に不満を抱き、気晴らしに結界の外に出た時だった。
獣ではない足音に、咄嗟に持っていた弓に矢をつがえ、音の方に向ける。
薄汚れて擦り切れた見慣れない服に、顔の造形だけを見ればエルフと同じだが、その髪と肌、そして瞳の色が違う女性。
「ダークエルフ……?」
話には聞いた事はあったが、藍が実際ダークエルフと会ったのは初めてだった。
ダークエルフは闇魔法に魅入られたエルフが、自然界の精霊に見限られるとその色を変えると言われている。
ただし、ダークエルフの子もダークエルフとして生まれるので一概には言えない。
「ごめんなさい……殺さないで……」
女性は木の陰に隠れて震えながら、か細い声でそう訴えてきた。
平素穏やかに暮らしている藍からすれば、女性に対して、しかも一応エルフという同族に危害を加えるつもりはない。
藍は力を緩め、矢を矢筒に戻す。
「安心しろ、殺す気はない。いったいどうしてこんな所にいるんだ? 私は藍というが、名前を聞いても?」
「ら……蘭……。両親が大陸の反対側に到着した時に病気で死んでしまって、ここに来ればエルフの里があるから助けてもらえるはずだって……。人族に見つからないように何とかここまで来たの」
そう言って蘭はボロボロの地図を見せた。
藍が確認すると、エルドラシア王国が今の名前ではない時代の地図に、エルフの里の位置が記されている。
「ここの長ならダークエルフでも受け入れてくれるはずだ……って……」
話している最中に、蘭は気を失って倒れてしまった。
とっさに駆け寄り抱き留めると、これまでにない感触が藍の腕に当たった。
「? とりあえず里に運ぶか。それにしても清浄魔法も使わないとは……。もしかして使えないのか? 『清浄』」
抱き留めた時には思わず息を止めるほどの悪臭がしていたが、藍の魔法でその悪臭も汚れも綺麗に消えた。
何とか体勢を整え、蘭を背負うと、今度は先ほどの知らない感触が背中に当たる。
柔らかなその感触に動揺し、なぜか疚しい事でもしているかのように辺りを見回す藍。
「薄汚れていた割に、食事には困っていなかったようだな……」
あまり身体に触れないように、逆手で持った弓に座らせる形で背負うが、つい意識が背中に集中する。
普段誰かを背負う事などないが、それでも里にいるエルフの女性達と肉付きが違うというのはわかった。
蘭の意識がないため、前かがみになって背負っているが、それでも歩いていると体勢がズレて何度も背負い直す。
意識のない今なら、荷物扱いで結界はすり抜けられると予測した通り、蘭はそのままエルフの里まで運ばれた。
藍は真っ先に長である萌の元へと向かったが、蘭の容姿はあまりにも人目を引く。
最初遠巻きだったエルフ達だが、長の屋敷に到着した時には野次馬が何人も寄って来たが、手伝おうとする者はいない。
その理由はただひとつ、藍が背負っていたのがダークエルフだったからだ。
いきなり中に連れ込むのは気が引け、玄関から大声で長である萌を呼び出していると、長老達も集まって来た。
その中でも萌の信任が厚い萩が一歩前に出る。
「藍! そのダークエルフは何だ!」
「萩様、この者は両親とこの大陸に来たものの、病気で亡くなった両親に、ここに来れば受け入れてもらえると言われて来たと言っていました。その後すぐに気を失ってしまったので連れて来たのです」
「ここには世界樹があるからのぅ。世界樹は全てのエルフの親とも言える存在じゃ。それゆえその者の両親もそう言ったのじゃろう。世界樹から離れて暮らしておるエルフ達は、その事すら忘れておるのかもしれぬ」
「「長!」」
話が聞こえていた萌が姿を見せると、萩と藍はそれぞれの思惑を宿した目で萌を見た。
「長よ! いくら世界樹が全てのエルフの親としても、ダークエルフは闇に染まった者、ここに置くのは反対です!」
「ボロボロになりながらも、信じてここまで来た者を見捨てるなどあってはなりません!」
真向から対立する萩と藍。
「萩よ、おぬしの言い分はわかる。じゃが、この者が両親と一緒だったという事は両親がダークエルフだったのじゃろう、つまりは生まれついてのダークエルフという事。己の意思で闇に染まったわけではないという事じゃ。そんな者を見捨てるのはどうかと思うが?」
「しかし……っ」
なおも食い下がろうとした萩を、萌はひと睨みで黙らせた。
「下層に空き家があるじゃろう。そこを使わせるとよい。しばらくは藍、おぬしが責任を持って面倒を見てやれ。誰か女人の手も借りるとよかろう」
「ありがとうございます、長」
安堵した藍は、エルフの里の下層にある空き家のひとつに蘭を運び、手伝いを申し出た菊は長の屋敷から譲り受けた布団を運び込んだ。
この時、菊は意識のない状態の蘭を見た瞬間から敵認定していた事に、藍は気付くべきだった。




