231.
ジュスタン視点最後です
ジェスは当然のように俺の手を取り、手を繋いだ。
不思議と振り払う気にもなれず、手を引かれるまま移動する。
……小さいな。
第三騎士団は第二と違って見習いの面倒を見る事もなかったから、当然子供と接する機会などない。
兄上のところに二人目の子供が生まれたと連絡があってから、まだ一度も顔を見せていないことを思い出した。
実家に顔を出すのは面倒だが、今度顔を出してみるか。
しかし、子供とは昔から相性がよくない。
会った途端に泣かれる可能性もある。
だがジェスはそんな素振りを見せない、従魔契約しているドラゴンだからか?
そんな事を考えていたら、転移魔法陣からエルフの里の本拠地に移動するとしたり顔のシモンに説明され、見た事もない魔法陣の上に立つ。
長である萌が魔法陣を起動させると、一瞬で明らかに先ほどとは違う場所に移動していた。
「本当に転移した……だと……」
「だーかーらー言っただろ! 何で信じてくれねぇの!?」
「ふん、戦闘時以外の貴様の言葉なんぞ信用できるか」
「ひでぇ!」
酷いも何も、本当の事だ。
普段のシモンはただのバカだからな。
だが、戦闘に関しては第三騎士団の中で俺の次に実力があると言っていいだろう。
鬱蒼とした木々の間を抜けると、急に視界が開けた。
そして目に飛び込んできたのは、これまでの常識を覆すほどの巨大な樹。
これが世界樹だと聞かなくてもわかった。
見た事のない光景にかなり驚いたが、シモンですら大人しくしている時に驚いた姿なんぞ見せられん。
それにしても、大神殿よりも清浄な場所だというのを肌で感じる。
「ジュスタン早く戻れるといいねぇ」
不意にジェスが世界樹を見上げながら言った。
「記憶のない間に俺らしくない行動をしていたのが気持ち悪い……って、いつまで手を繋いでいる気だ!」
シモンが振り返った事もあり、この俺が子供と手をずっと繋いでいる姿を見られるのは……。
「ジュスタンと手を繋ぐの好きだもん」
「……勝手にしろ」
ニコニコと機嫌よさげな笑顔に毒気を抜かれた。
シモンもいつもの事と言わんばかりに気にしていないしな。
それより、あの大きな世界樹が生えている所へはかなりの階段を登らなくてはならないようだ。
「はぁはぁ、やっぱ階段はキツイぜ」
階段を登りながら、シモンが呟いた。
俺もそう感じていたが、やはり気のせいじゃなかったのか。
普段であれば息を乱すような状態じゃないはずだ。
「くっ、どうしてこんなにすぐに息が切れるんだ……!」
「えっ!? 昨日団長が自分で高所だから空気が薄いって……あっ。ハハァン? さては団長もこの一年くらいに知った事だったんだな? だから記憶にないんだ! 当然の知識みたいに言ってたのによ、今覚えてないって事は、自分だって最近までしらなかったって事だろ!?」
また俺の知らない記憶の話か。苛立ちを隠さずシモンを睨む。
「俺の事だ、ここに来る前に必要な事を調べたんだろう。お前と違ってな」
「さ、さすが団長ダナァ……」
その後は世界樹に到着するまで、呼吸音以外沈黙が続いた。
世界樹の前で萌は真剣な顔で振り返った。
「これからわらわは世界樹に問うてくる。もしかすると数日……ヘタすれば数週間かかるやもしれぬ。それまでわらわの家で過ごすがよい。茅、世話を頼む」
「お任せください。ですがお見送りはさせてください」
「うむ。ジュスタン達も見てみるか? ハイエルフが世界樹と融合する姿は滅多に見られんぞ」
「融合?」
「そうじゃ。世界樹はこの世界のあらゆる事を知っておる。じゃが、その中から欲しい情報を選び取るのは骨が折れるのじゃ。今回の事はエルフに関わったからこその出来事、それゆえわらわ達には責任がある。必ず元に戻してやるから安心せい」
そう言って微笑んだ萌の視線は俺ではなく、宙に向けられていた。
まるでさっきから宙に何かがいるような言動をしている。
実際何かいるのか?
「ふふ、調べ終えた時が楽しみじゃのぅ。入り口からはハイエルフ以外は弾かれるゆえ、外から見ておるとよい」
そう言って萌は世界樹のうろのような根の隙間に入って行く。
向こう側に光が見えるため、逆光のように萌の影が動き出した世界樹の根に抱かれるように一体化した。
これが萌の言った融合というやつか。
「長が世界樹から情報を得るまではお好きに過ごしてくださってかまいません。ただし、里に不利益になるような事はご遠慮願います。もう少しすれば昼餉の準備ができますので、今は屋敷にておくつろぎください」
そう言って俺達の世話を任せられていたエルフは屋敷に戻って行った。
「もうすぐ……なんだって?」
「シモン、昼餉と言ったのだ。昼食の別の言い方だの」
ジャンヌがシモンの問いに答えた。
ここは服装もだが、建物も色々と見慣れない物が多い。
どうせシモンは知らない事はすぐ口に出して聞くだろうから、俺がわざわざ問わなくていいという点は便利だな。
「昼飯か! そういえば腹減ってきたな。団長、それまで手合わせしようぜ! ……記憶なくしてる今なら一本くらい取れるかもしれねぇし」
「いいだろう」
その後、手合わせをしたが、確かに俺が知っているシモンよりも確実に腕が上がっていた。
フェイントのかけ方も自然にできているし、力押しする癖もかなりよくなっている。
だが、俺の身体も以前よりよく動く。
結果、シモンに一本たりとも許す事なく、世話係が呼びに来て手合わせは終わった。
悔しがるシモンに食堂へと案内させる。
ジェスとジャンヌは食事を必要としないらしく、外にいるらしい。
シモンと二人ならば、さっきのこれまでの出来事の続きを聞く事にした。
案内された食堂は床に座るタイプでなく、内心ホッとする。
だが、出されたカトラリーがナイフやフォークでなく、ただの二本の棒だった。
「何だこれは」
「え~? ははっ、今まで普通に使ってたのに、実は箸も最近覚えた事だったのか? 団長は努力家ダナー。イタダキマース」
面白がるようなシモンの態度に殺気を込めて睨むと、視線を逸らしてわざとらしく褒めだした。
そういえば、シモンの前には最初からカトラリーが置いてあったのに、俺にはなかったのはそのせいか。
俺達のやり取りを聞いていたのか、世話係がフォークやナイフのカトラリーを持ってきた。
「いやぁ、茅は気が利くなぁ。さすが長の世話係をしているだけある! ありがとな」
今、シモンが世話係に礼を言ったか?
思わず驚いてシモンを見た。
「ん? あ~……、もしかして俺が礼を言ったからか? 言わなかったら団長が怒るから言うようになったんだぜ? いただきますもごちそうさまも言えって」
何だそれは。
世話係が世話をするのは当然の事だろう?
そいつらが仕事をするのは当たり前の事で、なぜ俺達が礼を言うんだ?
その後も食事中に聞かされた出来事は、部下達に手作りの菓子を振る舞ったり、エルネストと和解していたりと信じられない事の連続だった。
しかも俺が人前で泣いただと!?
危うくそんなわけないとシモンを殴りつけるところだった。
こうなったら何としてでも萌に解決策を世界樹で調べてもらわねば。




