230.
ジュスタン視点
「ジュスタンの記憶がなくなったじゃと!?」
突然エルフの子供と数人のエルフが部屋になだれ込んできた。
それにしても、エルフは全員整った顔をしているが、これ以上増えれば見分けがつかなくなりそうなくらい似ている。
他のエルフも俺を呼び捨てにしていたが、こんな子供にまで呼ばれるのは不本意だ。
「何だこの子供は。俺はこんな子供にまで名前を呼ぶ許可を与えたのか」
ジロリと入口に立つ子供を睨んだが、子供は動じる事なく好奇心に満ちた目を俺に向けていた。
「ほぉぉ、これはまた……。見事に魂が分かれたものじゃ。のう? 飛び出しておる方のジュスタンよ」
飛び出している方の俺? 何を言っているんだ。
子供は宙を見たかと思うと、いきなり笑い出した。
「んっふっふ、ダテにハイエルフではないという事じゃ。とりあえず蘭の部屋を見てみようかの」
何なんだこの子供は。
ハイエルフって何だ? 言葉の響き的に、エルフの上位互換のようだが、こんな子供が……?
驚きのあまり思考が停止している間に、子供は蘭の部屋へと向かったようだ。
子供の姿が見えなくなって我に返り、部屋にいた者全員で追いかけると、子供は蘭の部屋で床を調べていた。
「ふぅむ、これは禁術の魔法陣じゃな」
「「「禁術!?」」」
シモンと二人のエルフが驚いて声を上げた。
二人と違って、シモンはわかっていないまま驚いているようだが。
しかし、禁術とは穏やかじゃないな。
なぜ俺がそんな術をかけられなくてはならなかったんだ。
「うむ、身体から魂を引っ張り出して肉体を殺すか、遠い昔には身体の入れ替えをも可能にしたものじゃ」
「どうして蘭がそんな禁術を知っているんだ……」
「だから言ったじゃない! 蘭は嘘を吐いてるって! 絶対藍より年上だと思ったのよ! やっぱり魔力量が多い老獪なオバさんだったんだわ!」
「やはりジュスタンの身体を乗っ取るつもりだったようじゃのぅ。案外元の中身は男だったかもしれん」
エルフ達がゴチャゴチャと言い合っているが、そういえばあの時蘭は自分の身体を捨てて魂を移すと言っていた。
子供の言う通り、俺の身体を乗っ取るつもりだったのだろう。
中身が男だったというのは複雑だが、そうであれば男である俺の身体を狙ったのも納得がいく。
「おおかた主殿の身体を乗っ取れば、妾達親子を使役できると考えたのだろうが……、従魔契約とは身体ではなく魂との結び付きゆえ、無駄な事を」
ジャンヌは蘭を小馬鹿にしたように、フンと鼻で笑った。
従魔契約は魂の契約なのか。
滅多に成立しないからと、学院でも簡単に講義で触れただけで詳しくは習っておらず、初耳だ。
「長く生きたとしても、エルフはエルフ、ハイエルフのように魂の形までは見れぬでな。しかし、目的が二人であれば、また狙ってくるやも。その前にジュスタンを元に戻したいところじゃが……」
なくした記憶を取り戻せる方法があるのか。
子供はチラリと宙を見て頷いた。
さっきからまるで宙に何かいるかのような言動をしている。
「うむ、知ってはおるのじゃが問題がある」
「問題って!? 団長元に戻せねぇの!?」
噛みつかんばかりの勢いでシモンが聞いた。
「うむ、腹が減って考えがまとまらぬのじゃ。……冗談じゃ、そんな目をするでない」
表情の消えたシモンから目を逸らす子供。
「とりあえず世界樹の所へ行こうかの。正確にはわらわが知っておるというより、世界樹に聞けば大抵の事はわかるのじゃ。女神がこの世界を作ってからの全てを見守っておる存在じゃからのぅ」
また初めての言葉が出て来たぞ。
世界樹? あの物語に登場する大きな樹が実在するのか?
「蘭が世界樹のところへ行って術が失敗した原因を聞いている、という事はないのか?」
「いや、世界樹の声を聞けるのはハイエルフだけじゃからのぅ。蘭が行ったところで何も起きぬよ」
ジャンヌの問いに萌は首を振った。
一度落ち着いて考えをまとめたい。
さっきから信じられない事や名称が次から次へと出て来て知恵熱でも出しそうだ。
「では里に戻るのですね。この人数だと一度では無理でしょうから、我々は先に戻ります。菊、藍もここに残って連絡を待つか?」
「そうね、もしかしたら後から行くかもしれないけど、今はやめておくわ」
「わかった。荘、蕉、先に戻ろう」
そう言って子供と一緒に来た男のエルフ達は玄関へと向かった。
「さて、エルフの里に戻るとしようかの。ジュスタンよ、今は失った記憶の事がさぞかし不安であろうが、わらわに任せるとよい。里に戻って食事でもすれば多少気持ちも落ち着く……、そうじゃ、食事! 今のジュスタンでは新たな料理を手本を見せる事ができぬではないか! 早く! 早く戻るぞ! 皆ついてくるのじゃ!」
「団長、行こうぜ。萌が何とかしてくれるみたいだしよ」
「ふん、俺はこのままでも問題はないがな」
シモンが子供の後をついて行くため、とりあえず俺も向かう事にした。
「まったまたぁ、オレ知ってるぜ! 団長が花街で飲みすぎて記憶飛ばしてさぁ、あのあとすげぇ焦ってたじゃん! それなのに一晩どころか一年以上記憶飛ばしたぐぁっ!」
余計な事を言ったシモンに対し、反射的に足が出た。
バランスを崩して倒れ込んだシモンは、次の攻撃を予測したのか、頭を隠してうずくまった。
よし、希望通り攻撃してやろう。
蹴りを入れてやるが、靴を履いていないせいで上手く力が入らない。
「ジュスタン! シモンを蹴っちゃダメだよ! 可哀想でしょ! いつもはグーで頭グリグリしてるじゃない」
シモンを蹴っていると、後ろから抱き着くようにしてジェスが止めに入った。
だが、助けられたはずのシモンの顔色はよくない。
「あっ、いや、ジェス、そっちの方が……」
「グーで頭グリグリ?」
シモンの反応が気になり、ジェスに詳しく聞く事にした。
「えっとね、こうやって頭を挟んでグリグリ~ってしてたんだよ」
両手で拳を作って実演するジェスに、顔を引きつらせるシモン。
なかなか効率のよさそうな攻め方だ。
せっかくだから試してやろう。
「ほぅ、こうか?」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
大して力をいれていないのに、大袈裟なくらい悲鳴を上げるシモン。
「そうそう」
シモンの悲鳴を聞きながらも、動じる事なく頷くジェス。
こいつ、純朴そうな顔をして、なかなか肝が据わっているな。
さすが俺の従魔なだけはある。気に入った。
「何をしておるっ!? さっさと来んか!!」
先に玄関で待っていた子供が、待ち切れなかったのか大声を出した。
「チッ、うるさいガキだ」
舌打ちしながらもシモンを解放してやる。
「主殿、そなたの言うガキは萌と言ってな。先ほど自分でも言っておったが、ハイエルフであり、エルフの里の長ゆえ、適度に敬意は払うておいた方がよいぞ」
「エルフの長だと!? あの子供が!?」
ジャンヌの説明に、思わず子供を二度見した。
「あ~、その説明も忘れてんのか。エルフは魔力量によって老化の速度が変わるんだってよ。だから見た目と年齢は関係ねぇんだってさ」
何なんだそれは。
早くも復活したシモンの補足説明を聞いて、俺の眉間にシワが深く刻み込まれた。
次回までジュスタン(本体)視点です




