226.
結果を言うと、転移は無事にできた。
魔法陣の中に入っていればいけるのか、それともジュスタンの身体から離れられないせいなのかは謎だけど。
「本当に転移した……だと……」
「だーかーらー言っただろ! 何で信じてくれねぇの!?」
転移の前にシモンがドヤ顔で転移陣の事を説明していたが、ジュスタンは聞き流していたので信じてないだろうと思ってたけど、やはり信じてなかったか。
「ふん、戦闘時以外の貴様の言葉なんぞ信用できるか」
「ひでぇ!」
気付けシモン。
戦闘時のお前は信用してるって事だぞ。
実際、ジュスタンは元々戦闘能力とか、判断力に関しては部下の事を信用してたもんな。
案外小説の中でオレールを死に追いやったのも、実はオレール達ならできると思っていたからだったりして。
黒狼の里からは見えない位置にあった世界樹が見えてくると、ジュスタンは静かに目を見開いていた。
これまで見た事もない大きな樹だもんな。
屋久杉ですら並べたら普通の杉の木に見えるであろう大樹だし。
たぶん驚いているのをシモンに悟られたくないから、静かに驚いているんだろう。
やはり黒狼の集落より、こっちの方が空気が澄んでいるように感じるな。
これも水と同じで、世界樹に近いからか?
下層で農作業をしてるエルフ達が、不思議そうにこちらを見ている。
普段黒狼のメンバーは月に一回くらいしか来ないと言ってたのに、一日に二回も里の方へ来たから?
俺が見えてるなんて事……はないか。
さっき萌が魂が見えるのはハイエルフだけ、みたいな事を言ってたし。
「ジュスタン早く戻れるといいねぇ」
「記憶のない間に俺らしくない行動をしていたのが気持ち悪い……って、いつまで手を繋いでいる気だ!」
そんな事を言いつつ、ジュスタンは手を振り払うような事はしなかった。
徒歩移動の時はよく手を繋いでいたから、身体が覚えているのかもしれない。
ジェスも同じ事を考えているのか、ニコニコと笑っている。
「ジュスタンと手を繋ぐの好きだもん」
「……勝手にしろ」
ジュスタンは手を繋いだまま歩いている。
これはジェスに心を開き始めているのか、それともドラゴン、しかも母親同伴だから逆らうのが危険だと判断しているのか微妙なところかも。
本来の悪役だったジュスタンのこんな反応は、読者の立場からしたら番外編でも見ている気分になるな。
「はぁはぁ、やっぱ階段はキツイぜ」
「くっ、どうしてこんなにすぐに息が切れるんだ……!」
シモンの愚痴に同意するように、ジュスタンも文句を言い出した。
「えっ!? 昨日団長が自分で高所で空気が薄いって自分で……あっ。ハハァン? さては団長もこの一年くらいに知った事だったんだな? だから記憶にないんだ! 当然の知識みたいに言ってたのによ、今覚えてないって事は、自分だって最近までしらなかったって事だろ!?」
鬼の首を取ったかの如く指摘するシモンに、ジュスタンは人を殺せそうな視線を向けている。
「俺の事だ、ここに来る前に必要な事を調べたんだろう。お前と違ってな」
「さ、さすが団長ダナァ……」
視線にビビったのか、シモンがわざとらしくヨイショした。
『まったく、ツッコミ役のアルノーがいないから、シモンが暴走してるみたいだな。ジェス、あんまりバカな事を言うようなら止めてやってくれ』
『わかった』
上層の世界樹の近くまでやって来ると、萌は真剣な顔で振り返った。
「これからわらわは世界樹に問うてくる。もしかすると数日……ヘタすれば数週間かかるやもしれぬ。それまでわらわの家で過ごすがよい。茅、世話を頼む」
「お任せください。ですがお見送りはさせてください」
「うむ。ジュスタン達も見てみるか? ハイエルフが世界樹と融合する姿は滅多に見られんぞ」
「融合?」
「そうじゃ。世界樹はこの世界のあらゆる事を知っておる。じゃが、その中から欲しい情報を選び取るのは骨が折れるのじゃ。今回の事はエルフに関わったからこその出来事、それゆえわらわ達には責任がある。必ず元に戻してやるから安心せい」
そう言って微笑んだ萌の視線は、正面にいるジュスタンではなく、俺に向けられていた。
『ありがとう、頼りにしている。解決したら米料理だけじゃなく、色んな美味しい料理を食べさせるから頑張ってくれ』
「ふふ、調べ終えた時が楽しみじゃのぅ。入り口からはハイエルフ以外は弾かれるゆえ、外から見ておるとよい」
世界樹の根本の一部に、人が入れるくらいの隙間がある。
奥に光が見えるから、湖側と繋がっているのだろう。
萌がその隙間に入った瞬間、身体から淡い光がゆらゆらと立ち昇り、その光を捕まえるかのように、世界樹の細い根が動き出す。
根は萌を絡め取り、徐々に萌と溶け合う。
根は愛情込めて抱き締める母の如く、萌を受け入れた。
風が吹くと萌の髪がふわりと舞うのが見える。
だが、萌自身はわずかに見えるだけで、全く動かない。
「長が世界樹から情報を得るまではお好きに過ごしてくださってかまいません。ただし、里に不利益になるような事はご遠慮願います。もう少しすれば昼餉の準備ができますので、今は屋敷にておくつろぎください」
そう言って茅は屋敷に戻って行った。
「もうすぐ……なんだって?」
「シモン、昼餉と言ったのだ。昼食の別の言い方だの」
「昼飯か! そういえば腹減ってきたな。団長、それまで手合わせしようぜ! ……記憶なくしてる今なら一本くらい取れるかもしれねぇし」
「いいだろう」
茅が食事の準備ができたと呼びに来るまでに、シモンの小さな呟きが実現する事はなかった。




