207.
「ジャンヌ、壊した結界は直せるか? 張り直すとか……」
「問題無い。妾の魔力で張る結界であれば、主殿が不快な思いをする事もなかろう。ついでにシモンもな」
そう言ってジャンヌは目を瞑り、小さくドラゴンの鳴き声のような呪文を唱えた。
俺とシモンにはよくわからなかったが、ジェスとエルフの二人がハッとした顔をしたので、何か感じたのだろう。
「これがドラゴンの魔力……」
「どうだ、元の状態より丈夫にしておいてやったぞ。これで文句はあるまい。今度こそ主殿の話を聞いてもらおうか」
「主殿というのはそっちの人族の事か? どうしてドラゴンが人族なんかを主に……?」
これまで黙っていた方のエルフがジャンヌに聞いた。
ジャンヌは少し考える素振りを見せ、数回頷いてから顔を上げる。
「どうせこの後会うであろう長とやらも同じような質問をしてくるであろう。何度も答えるのは面倒ゆえ、詳しくは長に会ってからにしようではないか」
「なぜお前達を長に合わせないといけないんだ! 怪しい者を会わせるわけないだろ!」
リーダーっぽい方が即座に反発した。
かと言って、こいつらだけだと話が進まなさそうだから責任者と話がしたい。
「エルドラシアの王族を殺したのはコーヒーの豆を売りに来ていた者の可能性が高い。認識阻害の魔法を使っていたようだしな。コーヒー豆を栽培しているのはエルフ達ではないのか?」
「蓮、もしかして黒狼の連中じゃないのか!?」
「可能性はあるな……、あいつら里を飛び出しただけじゃなく好き勝手しやがって……。この事も長に知らせないと。蕉は長老達に知らせてくれ、俺は荘が遅いから見て来る。お前達はここを動くなよ!」
どうやら会話を聞く限り、エルフは一枚岩ではないようだ。
とりあえず三人の名前はわかった。
リーダーらしきエルフが蓮、もう一人が蕉、さっき長に知らせに行ったのが荘か。
蓮達がいなくなり、俺達は木が倒壊している場所で待つしかなかった。
「誰だ?」
俺達だけになって数分後、気配を感じて声をかける。
恐らくジャンヌの方が先に気付いていただろうが、悪意も殺意もなかったから何も言わなかったのだろう。
木の陰からひょっこりと姿を見せたのは、巫女装束の十歳くらいの女の子だった。
「よく気付いたのぅ、おぬしらは何者じゃ? 人族と竜族に見えるが、何をしに来た?」
の、のじゃロリ……だと……!?
「俺達はちょっと調べる事があってここに来ている。今は荘と蓮という奴が長を呼びに行っているが、勝手に余所者に近付いて大人に叱られるんじゃないのか?」
「平気じゃ、わらわに文句を言える者はこの里にはおらぬ。しかし、派手に木が荒らされておるのぅ、とと……」
女の子が直径一メートルほどの倒木を乗り越えようとよじ登り、バランスを崩して落ちかけたところを抱き留めた。
「無茶をするんじゃない。怪我をしたらどうするんだ。文句を言える者がいないと言っていたが、もしかして長の娘か? さっきの奴らが戻って来て見つかったらうるさく言われると思うぞ」
「外からの客人は珍しいのじゃ、後でゆっくり話を聞かせてくれるか?」
地面に下ろして帰らせようとしたが、ジッと見上げて動く気配がない。
思わずため息が漏れた。
「はぁ……、わかった。ただし、ちゃんと大人が許可をくれたらな」
しゃがんで目線を合わせ、条件を付けて承諾した。
「約束じゃぞ! 逃げるでないぞ!」
「逃げないから安心しろ。気を付けて帰れよ」
わしゃわしゃと頭を撫でると、まるで普段撫でられ慣れていないエルネストのようにはにかんだ。
ジェスに対する蓮の様子を見る限り、エルフというのは子供には甘い連中に見えたのだが。
もしかして親がいない子供なのだろうか。
「長!? 貴様、長に何をしている!!」
蓮と荘が戻って来て、いきなりそう叫んだ。
「長? どこに長がいるんだ?」
キョロキョロと周りを見回すが、俺と同じように見回しているシモンとジェス、ジャンヌ、それとエルフの女の子しか見当たらない。
まるで俺が長に何かをしているような言い方だったが……。
「騒がしいのぅ、わらわは何もされておらんぞ。子供と思われて頭を撫でられただけじゃ」
蓮の言葉に答えたのは、俺の手の下……、頭を撫でられていた女の子だった。
「え? は? 長……!? 世襲制で早くに両親を亡くしたとか……か?」
「あははっ、面白い事を言うのぅ。そうか、エルフの事を知らぬのだな。エルフは魔力量が多いと成長速度が遅くなるのじゃ。わらわはこの里唯一のハイエルフでな、千年程度しか生きぬエルフと違って古竜と同じく一万年の寿命なのじゃ。こう見えて三千年は生きておる」
まるで悪戯が成功したかのように笑う女の子。
いや、女の子というのはおかしいか、お約束の塊のようなこの……のじゃロリババァを!
「改めて自己紹介しようかの。わらわは世界樹から生まれたハイエルフにして、この里の長である萌という。いきなり結界が壊れた上に木が倒れたから様子を見に来たのじゃが、すぐにドラゴンの魔力で結界が張られた上に人族までおったから驚いたぞ。さて、約束通り、家でゆっくり話を聞かせてもらおうかの。ついて来るがよい」
色々ツッコミたいところだが、まずは情報収集が先だ。
呆然とする蓮達の前を横切って歩き出した萌の後を、俺達は追いかけた。




