197.
エルネストに報告した日から三日、自分達でも情報収集をしつつ、訓練をする日々を過ごしていた。
誰一人コーヒー豆を運び込んでいる姿を覚えている者がいない、という事がわかっただけだ。
「やっとこっちの気候に慣れてきて調子が戻って来たな! そう思わねぇ?」
「そうだねぇ、来たばかりの頃は暑さで息が上がるのも早かった気がしたけど、かなり慣れたと思うよ。だけどやっぱり空調の魔導具のある部屋が恋しくなっちゃうかな」
午前中は聞き込みをしたから、午後は迎賓館の敷地内にある訓練場で鍛錬をしている。
だが、エルドラシア王国に来てから王家の森以外で魔物討伐をしていないせいか、体力に余裕があるようだ。
やはりいくら安全な場所で訓練をしたところで、実践に勝る鍛錬はない。
「やはり木剣ではなく各自の剣を使うか……」
「えぇっ!? 団長の剣ってジェスの鱗使ってるやつだろ!? オレ達の剣じゃあ受けた途端に折れちまうよ!」
「何を言っている。お前達の剣はドワーフ達が鍛えたものだろう? いくらジェスの鱗を使った剣でも、そう簡単に折れないはずだぞ。魔力を通さなければな」
もしも俺の剣を打ったのがボスコではなくドワーフ達であれば、同じくらいの腕なら素材の差がそのまま性能の差になってしまうが、ドワーフ達から見て及第点程度の俺の剣ならそう差は大きくないはずだ。
ジュスタン隊の剣は俺以外、邪神討伐の時点でドワーフ製で、当然シモンの剣もだからな。
「そんな事言っても、楽しくなってきたら魔力通しそうで怖いなぁ」
アルノーが失礼な事を言っている。
「そうだとしても、受け流せば問題無いだろう」
「ああっ! やっぱり魔力通す気だ!」
「団長の速度に対応できるのはシモンとガスパールくらいのものですよ!? 第一の騎士達でも身体強化使える人でギリギリじゃないですか? 帰国した時に剣を折って帰ったらドワーフ達に何と言われるか……」
ガスパールとマリウスまで騒ぎ出した。
「剣に魔力を流すつもりもないし、各々の実力に合わせて相手してやるから安心しろ。だが、手を抜くのは許さんからな」
ニヤリと笑ってやると、部下達は揃って顔を引きつらせた。
「ジュスタン団長、ちょっといいか」
「はい。お前達は訓練を続けていろ」
これから、という時にエルネストが訓練場に来た。恐らくフェリクス王太子に会う算段がついたのだろう。
あからさまにホッとしている部下達を一瞥して、エルネストに近付く。
「フェリクス王太子と面会の件ですか?」
「ああ。あまり大っぴらに面会するのははばかられるだろうと、明日の昼食が終わる頃になら、と」
「そうですね。どこに魔塔主と繋がっている者がいるかわからない以上、内密にした方がいいでしょう」
「昼に交代する者達と一緒に来るといい。来るのはジュスタン団長だけか?」
訓練をしながらも、部下達がこちらにチラチラと視線を向けているのを感じる。
「そうですね。あいつらを連れて行くと人目につきやすいでしょうから一人で向かいます」
「わかった。私は明日の午前に向かうから、その時伝えておこう。邪魔したな」
頭を下げてエルネストを見送り、振り返ると、油断していた部下達が顔色を変えた。
まだまだ時間はあるから、たっぷりと相手をしてやれる。
実践の勘を取り戻すためにも、この日は陽が傾くまで四人を相手にした。
翌日、早めの昼食後に久々の筋肉痛で動きの鈍くなっている部下達とジェスを置いて、第一の騎士達と王宮に向かう事にした。
久々に激しい訓練をしたからといって、情けない奴らだ……と言いたいところだが、実のところ俺も結構筋肉痛になっている。
間違っても部下達に気取られないようにしないと、何を言われるかわからないから気合で平気なフリをしているが。
玄関に向かうと、第一の騎士達が六人馬車を待っていた。
王宮の敷地内とはいえ、歩くと二十分ほどかかるから、今の状態の俺にとって馬車の送迎はありがたい。
二台の馬車に三人ずつ乗り込んだが、俺と同乗したのは爵位を継いでいない侯爵令息や伯爵令息だった。
恐らく俺と一緒に乗りたくない先輩騎士に同乗の役目を押し付けられたのだろう。
学院で見た事のある顔だから、年齢は近いはずだ。
立場上、俺が進行方向を向いて座るのはわかっていたが、二人して向かいに無言で座っている。
そんなに俺が怖いのか?
「情報共有として知っておきたいのだが、最近王宮で変わった事はなかったか?」
「えっ!? あ、は、はい! 王宮内は結婚式の準備で忙しないですが、それ以外は特に何もありません!」
ガチガチに緊張した状態でそう答える伯爵令息。
しかし、侯爵令息がニヤリと笑った。
「あの侍女にばっかり視線向いているから気付けないだけじゃないのか? エクトルは人員が入れ替わって、新たにクラリス王女付きになった侍女に気があるんですよ」
エクトル……そういや騎士科で聞いた事のある名前だな。
確か学年はひとつ下だったか。だとしたら俺に怯えるのは仕方ないのかもしれない。
学院時代の俺のやらかしを直接見た事もあるだろうし。
それより人員が入れ替わったと言ったな。それは変わった事のひとつだろうが!
「人員が入れ替わったのなら、新人の身元を確認するのもお前達の仕事じゃないのか?」
「ハッ! さすがジュスタン団長! それなら公務の一環として相手の事を知る事ができるという事ですね! よかったな、エクトル!」
「学院時代に女性に困ってないという噂は聞いていましたが、やはりそういう策士なところも恋愛には必要という事ですね……!」
「え、いや……まぁ、きちんと調べるのなら問題ないか……」
王宮に到着し、馬車を降りた時には同乗していた二人が俺に尊敬の眼差しを向けている事に、もう一台の馬車に乗っていた三人は首を傾げていた。




